特集 JR東日本 鉄道産業の発展に寄与 「JR東日本 Technical Intern Training」
受け入れ国・対象職種を拡大
JR東日本が2019年度から開始した、アジアを中心とする国際的な鉄道の人材を育成するプログラム「JR東日本 Technical Intern Training」。受け入れ国や対象職種を徐々に拡大し、これまでに3カ国から1~7期生合計38人を受け入れ、鉄道産業のさらなる発展に寄与してきた。これまでの経緯を振り返るとともに、井口亮資執行役員・人財戦略部長に今後の展望も含めて話を聞いた。(相川 夏子記者)
■技能実習制度を活用 「特定技能」追加へ準備
同社は、グループ経営ビジョン「変革2027」で、ESG経営の一環として国際鉄道人材の育成を掲げている。東日本鉄道文化財団では1993年度から、アジア各国の鉄道の若手幹部候補生向けに「JR East フェローシップ研修」を実施。鉄道を通じて海外の人材を育成し、国境を越えた深い友好関係を築く取り組みを進めている。
「JR東日本 Technical Intern Training」の期間は3年間。長期間にわたりOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング=職場内訓練)による実習を行うため、同社では初めて団体監理型の技能実習制度を活用した。実習生は同社と雇用契約を結び、賃金、福利厚生は同社社員と同水準としている。
19年1期生
2019年4月から1期生として、ベトナムからベトナム鉄道の社員5人と、ホーチミンの日本語学校(KAIZEN 吉田スクール)6人の計11人の実習生を受け入れた。対象職種は主に冷房装置のメンテナンス業務を行う「冷凍空気調和機器施工職種」。
部外の専門施設での日本語と日本文化の講習を受けた後、同年4月1日に入社。5~9月は大宮支社(現・首都圏本部)大宮総合車両センター生産管理科で基礎技能教育を学び、10月~20年2月に冷房装置のメンテナンス業務を受託するJR東日本テクノロジー(JRTM)大宮支店に出向して空調機器メンテナンス実習を実施。20年3月からは2班に分かれ、大宮総合車両センター部品科とJRTM大宮支店で、それぞれ鉄道車両メンテナンス、空調機器メンテナンスの実習を行った。
コロナ禍の影響で入国が遅れたが、2期生は22年6月から仙台支社(現・東北本部)郡山総合車両センターでベトナムから2人を受け入れ。同年8月から3期生として、大宮総合車両センターでベトナムから6人の実習生を受け入れた。
4期生からは新たに対象分野を「鉄道施設保守整備職種(軌道保守整備作業)」に拡大し、昨年2月にベトナムから3人が入社。同社首都圏本部金町保線技術センターと、同社の協力会社で軌道メンテナンスを手掛ける日総建(埼玉県春日部市)に所属し、線路メンテナンス業務に必要な知識の習得や、TC型省力化軌道の敷設工事といった実作業に携わり、鉄道線路メンテナンス業務の流れを習得する。
今年4月1日からは、「鉄道車両整備職種(走行装置検修・解ぎ装作業)」にも対象領域を拡大し、5期生としてタイから6人(うち女性1人)を大宮総合車両センターで受け入れた。台車・輪軸などの走行装置のメンテナンス業務のOJTを通して、分解・検査・修繕・組立の技能習得を目指す。
今月7期生
6期生は9月1日から首都圏本部東京総合車両センターでインドネシアから6人、7期生は今月1日から東北本部郡山総合車両センターでベトナムから4人を受け入れている。いずれも鉄道車両整備職種(走行装置検修・解ぎ装作業)。
技能実習制度をめぐっては今年6月、技能実習に代わる新たな制度「育成就労」を新設するための関連法の改正が、国会で可決・成立した。育成就労は、外国人材の在留資格である「特定技能」の前段階として位置付けられている。
今年3月には特定技能に鉄道分野が追加されることが閣議決定され、同社では鉄道分野追加の際には「JR東日本 Technical Intern Training」を特定技能に先行する初期トレーニングとして位置付け、軌道整備、電気設備整備、車両整備の分野で特定技能人材の受け入れに向けた準備を進める。技能実習制度に位置付けがない鉄道電気分野では、特定技能制度を活用するスキームも検討するとしている。
■成長見守り、現場にも良い刺激 大宮総セの実習生
大宮総合車両センターでは現在、3期生6人と5期生6人が所属している。
取材時、3期生は必須業務である空調機器のメンテナンスと、関連業務である鉄道車両修繕(台車輪軸)に分かれて作業していた。空調機器は最後の1年間、実際の車両の空調装置を組み立てるが、この日はE233系の先頭車の空調装置をグエン・ヴァン・ドゥックさんら3人が手慣れた様子で組み立てていた。
一方、鉄道車両修繕では現場社員とともに作業。台車のユニットブレーキを組み立てていたグエン・シー・ダットさんは「この作業は始めて1カ月くらい。クーラーのメンテナンスとは全然違うが、(現場の社員の)先生がいつも熱心に教えてくれる」、軸受けの組み立て作業をしていたグエン・ダン・フンさんは「電車の仕組みは最初は分からなかったが、仕組みが分かると面白くなってくる。新しいことを学べるのはとっても面白くて楽しい」と目を輝かせた。
5期生は9月まで基礎技能教育を受け、今月1日から部品科のメンテナンス職場に配属。技能実習1号試験を控え、試験の例題をフリー練習中だったパーリー・チラーパー(ビーム)さんは「日本の鉄道の知識はいっぱいある。お客さまの安全のためにしっかり作業したい」と意気込みを語ってくれた。
1期生の時から実習生の面倒を見ている秋山政敏大宮総合車両センター生産管理科副長は「彼らにとって一番良いのは、その時々にちゃんとそばにいてあげられること」と強調する。
指導係、講師を務める同科の橘髙南さんによると「最初はボディーランゲージが必須だったが、彼らがその時点で分かる日本語を伝えてあげる。調べる能力や見て覚える能力が突出しているので、われわれはヒント出しに専念する。その繰り返し」で実習生の成長を見守ってきた。「現場の社員にとっても良い刺激になり、教えるということを学ぶ良い機会になっている」(橘髙さん)
秋山副長らは休日になると1期生を各地に連れて行った。船を貸し切っての海釣り、伊東の民宿や金沢での日本文化体験。GALA湯沢スキー場では初めて目にする雪に大はしゃぎだったそう。「楽しい思い出を日本でつくってもらうと次につながってくる」(秋山副長)
本社と連携
病院へも同行するなど生活面でも気を配り、本社鉄道事業本部や人財戦略部などとの連携も手厚い。3、5期生は同じ社員寮に住んで情報交換できるなど、環境が整っている。実習生の顔が生き生きとしているのは、こうしたサポートの力も大きそうだ。
■インタビユー
JR東日本執行役員・人財戦略部長 井口亮資氏
受け入れ態勢、仕組み、制度整える
――「JR東日本 Technical Intern Training」開始の背景について教えてください。
井口 アジアの国々が発展し、鉄道が輸送手段として重要性を増す中、われわれの基本哲学である「鉄道の技術を通して社会や世界に貢献したい」という思いがベースにありました。労働力不足の中で、JR東日本あるいは鉄道業界全体でいかに人材を確保していくかという視点も重要です。
最初の受け入れ国については送り出し機関や監理団体がしっかりしていることを確認した上で、国民性でもなじみが良く安心して受け入れられる国がベトナムでした。ベトナム鉄道とは「JR East フェローシップ研修」で良い関係を築いており、1期生11人のうち5人がベトナム鉄道の社員でした。
――これまでを振り返っての評価はいかがですか。
井口 実習生は非常に前向きに明るく学んでいます。受け入れ側も雰囲気が変わり、われわれも得るものがあります。職場の戦力になっていますし、私生活の面倒も職場がよく見ています。真の意味での国際交流ができているのではないでしょうか。
一方で、3年間の技能実習期間終了後にもう少しフォローできることがあればもっといい取り組みになるのではとも思います。また、将来の特定技能での受け入れに向け、受け入れ側のマインドセットも必要です。自分たちが当たり前だと思っていたことが技能実習生相手にとっては当たり前とは限らない。その気づきが大事です。DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン=多様性、公平性、包括性)を当社も重視していますが、柔軟な風土を醸成するための、自己変革の起爆剤としての役割や効果にも期待しています。
――制度の変更に伴う対応、今後の展望についてお聞かせください。
井口 特定技能制度に鉄道分野が追加されましたが、今後開始となる育成就労を経て特定技能へというルートやラインができていくことが重要です。現在、技能実習を受けている人が特定技能で当社への入社を希望される場合に備え、仕組みづくり、労働条件や賃金などの働き方のルールをきちんと詰めて、来年度から始めていきたいと思います。引き続き日本で働きたいというニーズはとても高く、そうした彼らの希望に沿える選択肢を多く広めにつくることが必要です。
他業種では業界団体のようなものがあって、そこが取り仕切って受け入れています。業界全体で横串を通した形での特定技能、育成就労の仕組みを視野に、その中でわれわれにできることは何か。外国から来た方が安心して技術を習得できるよう、受け入れの態勢、仕組み、制度を今後も整えていきます。(A)
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