特集 JR東日本 DX戦略を推進 中心を担うイノベーション戦略本部
デジタル人材育成に力
現場第一線をボトムアップ
昨年12月、新たな数値目標
JEIS大学DICeなど グループ全体で加速
JR東日本グループでは、グループ経営ビジョン「変革2027」のスピードアップのため、デジタルを活用した業務変革(DX=デジタルトランスフォーメーション)を推進している。安全・安定輸送のさらなるレベルアップや将来の労働力人口減少を見据えると、生産性向上や働き方改革実現に向け、DXの重要性は高まるばかりだ。そこで同社の多様なDX戦略のうち、デジタル人材育成の取り組みについて紹介するとともに、伊勢勝巳副社長・イノベーション戦略本部長に人材育成策や今後のDX戦略について聞いた。(相川 夏子記者)
同社のDX戦略の中心を担うのが、2022年からの全社的な組織改正で発足した「イノベーション戦略本部」だ。技術イノベーション推進本部を引き継ぎ、デジタル技術の活用により未来にわたる価値創造に取り組んでいる。
同本部はもともと、R&Dと称するハード面の技術領域、例えば次世代新幹線の試験車両・E956形式新幹線電車「ALFA―X(アルファエックス)」、水素ハイブリッド電車の試験車両FV―E991系「HYBARI(ひばり)」の技術開発などを手掛けてきた。
一方で、蓄積されたビッグデータを活用し、新しい価値を提供する取り組みにも積極的だ。例えば、鉄道運行と気象・防災に関する膨大な社内外データをリアルタイムで地図上に表示するデジタルツインプラットフォーム「JEMAPS(ジェイイーマップス)」や、Googleマップとえきねっとの連携などが当たる。
そのほか、オープンイノベーションのプラットフォーム「WaaS共創コンソーシアム」の設立や、「公共交通オープンデータ協議会」「リアルタイムデータ連携基盤」への参画などにも取り組んでいる。
同本部は基本戦略に▽オープンイノベーションや知的財産戦略といった「社内外の技術」▽システムやデータ活用基盤を整備する「システム・インフラ」▽イノベーションの礎となるシステム人材、デジタル人材を育成する「人財育成」――の三本柱を掲げ、これらを推進、協働させることでイノベーション推進の原動力を生み出そうとしている。
このうち、デジタル人材育成について見てみよう。同社では19年までに全社員に順次タブレット端末「ジョイタブ」を配布し、現場第一線の社員がデジタル技術を活用したさまざまな業務改善などに取り組んできた。
アプリ開発もその一つで、駅のポスター掲出期間管理や、車両の気になる部分の撮影・共有、害獣の出没情報共有など、年間60件ほどが開発され、利便性の高いアプリは水平展開されている。ジョイタブを活用した業務効率化事例の発表会「Joi EXPO」も毎年開催している。
こうした現場第一線のDXをさらに加速させようと、昨年12月に新たな数値目標を発表した。27年度末までにデジタルツールでデータ処理や業務資料作成などができる「ベーシック」人材を約2万5000人、デジタル技術で業務課題解決を行う「ミドル」人材を約5000人、DX戦略を策定・実施し、業務を俯瞰(ふかん)して抜本的に変革する「エキスパート」人材を約200人育成する。ベーシックやミドルは現場の社員を中心に、エキスパートはIT人材を採用して育成する。
さらに、DXリテラシーをけん引する専任担当である「DXプロ」の新規配置や、「システム人財育成プログラム(JEIS大学)」のグループ会社社員への拡大、「Digital&Dataイノベーションセンター」(通称・DICe=ダイス)におけるデータの利活用やシステム開発などを進め、グループ全体のDX加速を図る。
DXプロはベーシックやミドルをけん引し、各職場でデジタル人材育成やDX推進風土醸成に取り組む人材で、昨年11月1日から各本部や支社などに約40人を配置。デジタル技術利活用促進のための講習会などを実施している。
昨年1月から開始したJEIS大学は、社内公募で選抜された社員がJR東日本情報システム(JEIS)に出向し、2年間程度かけてシステム開発や運営の実務を通じて知識を習得。開発プロセスや維持・運営業務を理解することで、「業務とシステムの両方が分かる」人材を育成する。今年1月開講の第2期以降はJR東日本グループ全体に公募範囲を拡大した。
DICeは同本部内に昨年10月1日に発足した組織で、同本部とJR東日本研究開発センターフロンティアサービス研究所、JEISの社員の約40人体制。「JR東日本グループ生成AI利活用ガイドライン」を同11月に策定するなど、データやAI(人工知能)などに関するガバナンスの策定・運営、社内ニーズに応じたアジャイル開発(素早い開発)などに取り組んでいる。
■インタビユー
副社長・イノベーション戦略本部長 伊勢勝巳氏
「変革2027」を下支え
ハード、ソフト掛け合わせて新たな価値創出
――DX人材育成に取り組むようになったきっかけは。
伊勢 タブレット端末「ジョイタブ」は現在、全社員約4万6000人に配布しており、現場第一線の若手社員が中心となって業務効率化に活用しています。アプリ開発も盛んで、簡単に入力して共有化でき、自分たちで作成するのでコストダウンにもつながります。コロナ禍で現場からのボトムアップが盛んになった流れをさらに大きくしようと、27年度末までのDX人材育成の戦略を策定しました。
――「DXプロ」について教えてください。
伊勢 ミドルレベルの人材を育成、支援するのが各本部や支社に数人ずつ配置しているDXプロです。「プロ」にはプロフェッショナルだけでなくプロデューサーやプロモーターの意味もあります。現場の実務を分かっていてITリテラシーが高い彼らが、イノベーション戦略本部と一緒になって現場のDXを進め、ミドル人材を育成します。
さらに、ミドルがベーシック人材を引っ張り、ベーシックの中からどんどんミドルになってもらいたい。ミドル5000人という目標以上に増えてほしいと思います。
――「JEIS大学」についてはいかがですか。
伊勢 DXプロよりさらに高度にシステムの基礎を学び、基幹システムの要件を再定義でき、システム会社にきちんと要望を伝えられるような人材を育てたいという思いから、「業務とシステムの両方が分かる」人材を育成するプログラムを開始しました。JEIS大学修了者はミドルの上(中にはエキスパートも)に位置し、エキスパートとミドルをつなぐ存在になります。
――「DICe」の役割は。
伊勢 主な業務はニーズに応じたアジャイル開発とガバナンスの策定、運営です。例えば、最近話題の生成AIは業務の効率化に非常に役に立つと考え、社内向けに生成AIを活用した「JRE AI Chat」を構築しました。昨年10月から社員約500人にモニターになり使ってもらっていますが、社内外情報の要約など企画業務の効率化には、十分対応できる可能性があると見込んでいます。
――JR東日本の今後のDX戦略について、どのようにお考えでしょうか。
伊勢 DXで仕事を変えようと言っていますが、Dのデジタルはツールで、Xのトランスフォーメーションをしなければいけません。デジタルを活用して、より仕事を効率的に変革していくため、本社が主導しつつ、現場からもボトムアップしていきたいと思います。
技術開発のハード面と、ビッグデータを活用するソフト面の両面をうまく組み合わせて社員とお客さまに提供し、会社の成長や、「変革2027」を推進、下支えするのが私たちの役割だと思います。多様なデータをプラットフォームに乗せ、技術開発と現場のDX、社会変革のDXを掛け合わせて新しい価値を生み出していくことが重要です。
今、JR各社や主要民鉄の技術開発担当などの分野で連携を図ろうと話し合っていて成果も出てきていますが、コロナ禍が大きなきっかけになったと思います。サステナブルな運営に向け、お互いの良い所を共有化する取り組みをこれからも進めていきます。(A)
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