特集 JR東日本 喜㔟陽一新社長に聞く 新しいJR東日本グループの時代創造
「モビリティ」と「生活ソリューション」が軸
サステナブルな成長を実現
変革の主役は社員
JR東日本7代目の代表取締役社長に、今月1日付で喜㔟陽一氏が就任して新体制がスタートした。国鉄採用社員は3月末にはほぼ全員が60歳の定年を迎え、国鉄採用社員からJR採用社員へ世代交代の節目となるタイミングでの社長就任だ。JR採用組が経営の前面に立ち、同社グループ経営ビジョン「変革2027」の流れをさらに加速させ、ポストコロナの時代に沿った抜本的な構造改革を推し進めていくかじ取り役の重責を担う。「新しいJR東日本グループの時代を創っていく」と力強く語る喜㔟社長に、経営方針や各種施策、諸課題への対応など、新たな時代に向けたグループの成長戦略を聞いた。(岡崎 慎也記者)
JR採用世代が経営の第一線に
■心境
――社長就任が決まった時の心境をお聞かせください。
喜㔟 今年の年初に深澤祐二前社長から「次(の社長)を頼む」と言われた時、「国鉄改革後に入社したJR採用世代がいよいよ経営の第一線に立つのだ」という思いを強く持ちました。「究極の安全」をはじめ、守るべきものはしっかりと守りながらも、これからの厳しい経営環境の変化を考えれば、変えていくべき課題はさらに増えていくはずです。新しいJR東日本グループの成長戦略を描き、これを変革の「主役」であるグループ社員と一緒になって果断に推進することを心に決めました。
――就職先としてJR東日本を志望された理由を教えていただけますか。
喜㔟 国鉄改革でJRグループが発足したのが1987年4月1日。私はその2年後の89年4月1日に入社しました。旅行は好きでしたが、就職活動では特に鉄道会社にこだわっていたわけではありません。その中でJRを志望した理由の一つは、国鉄から民間会社としてのJRに変わっていこう、変わっていかなければならないという「組織の若さ」を強く感じたことです。未踏の方向に、これから何かを変えていく時に、その一員として参加できることは他に代えがたい魅力です。いろいろな会社を回りましたが、変化への大きな息吹は他の会社にはなく、非常に強く印象に残りました。物事が変わっていく時、つまりチェンジの時にこそ、組織にもそこで働く社員にも大きな可能性とチャンスがあるという点で、私の目には当時のJR東日本が非常に魅力的な会社に映りました。もう一つは〝人〟を感じられる会社である点です。社員はもちろんお客さまや地域の方々など、事業活動が「人」の生活に深く関わり、「人」との幅広い接点を持っている点にも強く引かれました。
■方向性
――社長として、まず取り組みたいことをお願いします。
喜㔟 私自身も策定に関わった「変革2027」の達成に向けて、今、グループ全体で取り組んでいるところであり、経営の大きな方向性を変えるつもりはありません。コロナ禍にあった2020年9月、「変革2027」の達成のスピードを上げるため、①成長・イノベーション戦略の再構築(収益力向上)②経営体質の抜本的強化(構造改革)③ESG経営の実践――を柱に進んでいく方針を発表しました。併せて、今後は鉄道を中心とした「モビリティ」と、「生活ソリューション」の2軸により支えられる強靭(きょうじん)な経営体制を築き、サステナブルな成長を実現していくという意思も表明しています。この部分については、深澤社長時代の方向性を堅持していきます。
この前提で、まず取り組みたいことを挙げると、当社グループにとって絶対に変えてはいけない経営のトッププライオリティーは安全であるということ。「究極の安全」という言葉がある通り、安全は終わりのない取り組みです。新体制のスタートは新しい安全の5カ年計画のスタートとも重なります。コロナ禍を経て、改めて日々の仕事に、安全上の緩みや盲点、課題がないか一つ一つ確認することで、グループを挙げて安全への取り組みをさらに強化していこうと考えています。
また、私がこれまで担当してきた高輪エリアの開発では、「TAKANAWA GATEWAY CITY」が来年3月下旬にいよいよまちびらきを迎えます。「100年先の未来を見据えた実験場」として、世の中の皆さまのご期待に応えられるよう、さまざまなパートナーの皆さんとここまで積み上げてきた先進的なコンテンツをしっかりと固めてまちびらきに備えます。
さらに、グループの成長は、社員一人一人が「働きがい」を持って仕事に取り組むことがベースになります。その意味で、「業務」「働き方」「職場」の三つの構造改革をグループ全体で推進し、社員が「変革の主役」として、新たなことにチャレンジできる活躍のステージを拡大していきたいと考えています。
活躍のステージ拡大、自ら成長を
■組織改正
――22年6月以降、全社規模の組織改正を進めておられます。どのような成果が見られますか。
喜㔟 「変革2027」の策定と並行しながら、その目標をよりスピーディーかつ高いレベルで達成するためには、どのような仕事の進め方で、どのような組織や職場の在り方がよりふさわしいのかということを検討してきました。当社の経営課題の多くは、お客さまや地域の皆さまとの接点に現れます。従って、こうした課題の解決には、お客さまや地域の皆さまと一番近い職場で働く社員が携わり、解決することが最適だと考えました。本社や支社が担ってきた責任や権限をそうした職場へ移管し、そこで働く社員がそうした諸課題を解決していく中で活躍のステージを拡大し、社員自身も成長していくことが今回の組織改正の大きな眼目です。その目的に社員の皆さんがしっかりと応え、われわれが想像していた以上に自分たちで活躍の場を広げてくれていると思っています。
組織改正を通して、社員の発意を起点にしたチャレンジが、仕事の進め方も職場も良い方向に変えてきています。例えば、これまで業務に関わるシステムは本社や支社が主導して構築し、各職場で運用していましたが、今では社員の発意でそれぞれの仕事に適合したシステムをつくり、業務改善に活用しています。また、鉄道事業に従事していた社員が、公募制異動により生活ソリューションの業務を経験するケースもあります。自らのキャリアを自ら描くため積極的に手を挙げ、自分で自分を成長させていく大きな動きを創れたことも、組織改正の大きな成果です。今後も経営戦略を担う本社、地域の窓口であるとともに社員のチャレンジをサポートする各本部・支社、そしてお客さま第一線の職場がそれぞれの役割を分担しながら一体となり、組織全体で成長しながら前進していきます。
■地域活性化
――少子高齢化の進展を背景とした地域活性化についてのお考えはいかがでしょうか。
喜㔟 東京がさらに元気にバリューアップしていくことはもちろん大切ですが、当社グループの営業エリアには元気な地域があり、それらをネットワークで結んでいることが当社グループの成長の大きな基盤です。従って元気な地方をいかにたくさん創っていくかも大切な課題です。「変革2027」においても、「都市を快適に」「世界を舞台に」とともに「地方を豊かに」というステージを設けています。ポイントは、まず交流人口を生み出すこと。これが関係人口となり、さらに定住人口につながれば大きな効果が生まれます。昨年7月に立ち上げた東北地方の「復興ツーリズム」はその切り口の一つで、東日本大震災の記憶を風化させないという目的の下、東北エリアへの流動をつくっていくことが狙いです。地域の皆さまとともに、東北の未来づくりに取り組む枠組み「東北の宝ものプロジェクト」も始動し、「TOHOKU Relax」という新たなブランドも設定しました。改めて東北全体の魅力を発信し、足を運んでもらう施策です。
秋田駅の周辺には、地域の皆さまの協力を得てスポーツ施設やシルバー層向けの施設などを造ったことで、街中の人の流れが駅周辺に向かってきました。いわき駅ではSuicaを入退室に活用したスマートホテル「B4T」が駅隣接に開業したほか、駅北口には26年度開業予定の駅直結の総合病院も移転整備して生活圏を創出する予定です。今月26日開業予定の「JR青森駅東口ビル」には、地元医療法人との連携で7月11日にウエルネスをテーマにした新ホテル「ReLabo」がオープンします。地域の生活習慣病などの医療課題の解決に貢献する施設を目指します。新潟駅でも、連続立体交差事業で生まれた高架下空間に今月25日、170店舗規模の新商業施設「CoCoLo新潟」がグランドオープンの予定(一部店舗は5月29日開業予定)で、駅周辺エリアの活性化の起爆剤にしていきます。青梅線で展開している「沿線まるごとホテル」やワーケーションも交流人口創造に可能性のある取り組みです。観光流動を生み出し、これまでにないアセットをつくれば、地域のにぎわいはもちろん雇用や産業の創出にもつながります。こうした取り組みを他の地域にも広げていく考えです。
意欲をしっかり受け止める制度に
■人事制度
――労働力不足が叫ばれる中、人材の確保や育成、人事制度の在り方などはどのようにお考えでしょうか。
喜㔟 労働力不足は当社だけではなく社会全体の大きな課題です。当社グループでは、デジタル技術を駆使して新しい価値を提供するDXを通して、仕事や職場の抜本的な改革を進めていきます。機械やシステム、AI(人工知能)などが可能な業務はそちらへシフトし、人でなければできない仕事を人がやっていくという方向性をつくることが重要です。
そのためには、果たして現在の人事制度で十分に対応できるのか。現在の人事制度は現在の仕事を前提にしていますから、将来を見越して近いうちに抜本的な見直しを行います。社員の仕事に対する価値観も大きく変化しています。 社員のそれぞれの専門性を深めると同時に、自らの系統の殻の中に内向きに閉じこもっているのではなく、 自らの力を外に向かって発揮できるよう、社員の意欲をしっかりと受け止める制度にしなければなりません。また、65歳定年制も視野に入れていますし、70歳までの雇用についてどう扱うのかという課題もあります。健康経営も含めて、 会社と社員との新しいエンゲージメントをどうつくっていくのかという視点を大切に、時代が求めるさまざまな課題に対応する新たな制度の検討を進めているところです。
「融合と連携」の下、果敢に挑戦
■コロナ禍
――昨年5月の新型コロナウイルスの5類移行まで約3年間にわたったコロナ禍は、グループにとって大きな打撃だったことと思います。どのように乗り越え、そこから得たものはあったでしょうか。
喜㔟 改めて説明する必要がないほど、コロナ禍で当社グループは非常に厳しい経営環境下に置かれました。振り返って一番ありがたいと感じるのは、そうした中でも社員の皆さんが決して委縮することなく、むしろ一層元気に「自分たちがやらなければならない」という意識でさまざまな構造改革に取り組んでくれたことです。昨年5月にコロナ禍が一つの節目を迎え急速に日常が戻る中で、この変化をしっかりと業績に結び付けているのは、コロナ禍にあっても社員が元気に構造改革を推進したことが最大の要因です。列車荷物輸送サービスの「はこビュン」などはそこから生まれた施策です。社員一人一人の仕事における活躍のステージを自らの力で拡大し、「融合と連携」をキーワードに、職場や地域などを超えて果敢にチャレンジしていくという組織力が醸成されました。
他にも、グループの成長を加速させることを目的とした不動産事業における「回転型ビジネスモデル」など、コロナ禍において立ち上げた新規施策は数多く挙げられます。「TAKANAWA GATEWAY CITY」のまちびらきの時期も当初の予定を変えることなく進めていますし、31年度の開業を目指して工事を進めている「羽田空港アクセス線」の着工を決定したのもコロナ禍の最中でした。振り返ってみると、社員の頑張りのおかげで将来に続く、いろいろなチャレンジができました。社員と共に強い意思を持って進めてきたこの流れは今も続いています。
――高輪エリアは将来的にどのような街に育てていきたいとお考えでしょうか。
喜㔟 「TAKANAWA GATEWAY CITY」は「100年先の未来を見据えた実験場」と位置付けています。「変革2027」でうたっているように、お客さまや地域の皆さまへの「心豊かな生活価値」の実現や、事業活動を通じた世の中の諸課題の解決への貢献を目指しています。例えばエネルギーや教育、医療といった課題を中心にさまざまな挑戦をして、その成果を社会に実装する。社会実装によって見えてきた課題を再び高輪へ戻して実験を重ね、さらにまた社会に実装する。このようなサイクルを回すことで、ウェルビーイングな社会の実現に貢献していきたいと考えています。
決して立ち止まることなく、常に進化し、前へ動いていく街になるでしょう。このように一貫したコンセプトの下にまちづくりを進めていけるのは、約10㌶という規模と当社が単独で開発している強みがあるからです。
■変革2027
――「変革2027」について、1月の社長交代の発表会見時に、「輸送、生活サービス、IT・Suicaの3事業の融合・連携は6割程度達成できた」と振り返っておられました。
喜㔟 「変革2027」で掲げた構造改革のうち、先ほども申し上げた社員の意識の変化は顕著な実績です。また、営業職場と輸送職場を統合した統括センター化など組織の変革はかなり進んで業務遂行体制が変わってきています。鉄道分野ですと、チケットレス化など販売体制におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進や、ホームドアの整備や耐震補強の拡大など強い鉄道づくりは着実に進んでいます。また、人手の掛からないスマートメンテナンスを目指したCBM(状態基準保全)の導入など、既に始まっているものも多く、開始間近のものもあります。生活ソリューション分野ですと、いわき、青森、新潟など駅を中心としたまちづくりや、お客さまや地域の皆さまの生活とつながる駅を目指した「Beyond Stations構想」、不動産事業の回転型ビジネスモデル、シェアオフィス事業の「STATION WORK」、「はこビュン」や多機能ロッカーの「マルチエキューブ」など、新しい働き方や物流の「2024年問題」に関する課題へのチャレンジは社会実装しています。これらをトータルすると6割程度を果たしたという実感があります。
今後は、現在開発を進めている鉄道の自動運転のほか、再生エネルギーや水素の利活用を通じたゼロカーボンへの挑戦、社会システムとしてのMaaS(マース)の実現、「JRE MALL」の収益力強化など、さまざまな施策に取り組みます。IT・Suica事業では、当社グループのビューカードと連携した新たなデジタル金融サービス「JRE BANK」が今春オープンします。Suicaを単なるモビリティーのデバイスにとどめておくのではなく、生活のデバイスとして、当社グループの新たな成長基盤にしていきます。このように、残り4割についても時間軸をしっかり意識して、いかに早く実現していくかという段階にあります。
技術開発と人材育成、聖域なく革新
■技術革新
――技術革新の方向性を教えてください。
喜㔟 技術革新は引き続きイノベーション戦略本部を中心に進めていきますが、職場レベルにおける社員発意の取り組みも大切にしていきます。技術の進歩は待ってくれませんから、常にキャッチアップしていく姿勢が重要です。既に世の中にある進んだ知見やノウハウ、技術は積極的に連携して取り入れていくオープンイノベーションの方針を重視しています。技術イノベーションを進めていく人材をどう確保し、育成していくのか。昨年10月に同本部内に発足した「Digital&Dataイノベーションセンター」(通称・DICe=ダイス)では、グループ横断の視点でデジタル技術や各種データを活用したスピーディーなソリューション開発を進めています。同本部、JR東日本研究開発センターフロンティアサービス研究所、JR東日本情報システム(JEIS)の社員で構成し、グループ会社を含めてさまざまなニーズに対応していきます。既に成果も出ており、こうした取り組みの進展で人材も育つという好循環が生まれている手応えを感じます。スピード感を持った技術開発と人材育成の両面から、あらゆる事業で聖域なく革新を進めていきます。決して自前主義に陥ることなく、広く世界に向けた技術的な視点を持ち、積極的にアライアンスを結び、それらを柔軟に社内の技術面の変革に取り入れてどんどん実用化していく考えです。
■社員へ
――最後に、新社長から社員へのメッセージをお願いします。
喜㔟 現状にとどまることが決して許されない厳しい経営状況の中で、新たな成長戦略を描き、これに皆さんとチャレンジすることにより、今までの延長線上にない新しいJR東日本の時代を切り開いていきましょう。そして、お客さまや地域の皆さまに笑顔あふれる心豊かな生活をお届けするとともに、私たちの事業活動を通じて、さまざまな社会課題の解決に貢献する志高いグループを構築していきましょう。前進を止めることなく、未来に向かって常に大きく歩んでいくため一緒に頑張りましょう。
◇喜㔟 陽一(きせ・よういち)氏略歴 1989年4月JR東日本入社。人事部長・JR東日本総合研修センター所長、執行役員・人事部長、同・総合企画本部経営企画部長、常務・総合企画本部長、同・事業創造本部長、代表取締役副社長・事業創造本部長などを経て2022年6月から同・マーケティング本部長。千葉県出身。59歳。
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