交通ニュースアイ 自治体発の鉄道ニュース2題 新駅開設や駅再整備の背景は?
「〇〇線に新駅」――鉄道の新着情報を探していると、時おりアンテナに引っ掛かるのがこうした種類のニュース。発信元は多くの場合、沿線自治体です。
鉄道事業者は、「他人(ひと)の土俵で相撲を取ろうとしている」と言いたくなるかもしれませんが、自治体の立場では「鉄道を生かしたまちづくりに乗り出す」がその真意。「鉄道への期待の高さを表す」ともいえそうです。具体例として、群馬県安中市と埼玉県川口市のケースを取材しました。
■群馬県安中市
JR信越線に新駅 結節点からの地域振興
今年8月末、沿線自治体による新駅構想が表面化したのが、群馬県南西部の安中市です。人口約5万3000人。中山道の宿場町で、製造業や農業が基幹産業です。
かつての幹線から地域密着の鉄道に
市のホームページには、「JR信越線安中―磯部間で構想中の新駅について、まちづくり調査を行う事業者を公募します(大意)」と記載されます。新駅についての正式な発表はこれからなので、周辺取材で地元の考え方を探りました。
1997年の北陸新幹線開業(当時は長野行き新幹線でした)を機に、線区の性格を大きく変えたのが信越線です。それまでは東京と長野や北陸を結ぶ幹線ルートでしたが、機能を新幹線に譲り地域密着の鉄道として再スタートを切りました。 同じ信越線で、軽井沢以西は並行在来線として第三セクター・しなの鉄道に移管されましたが、高崎―横川間は今もJR東日本が運営します。
今回、新駅整備構想が明らかになった安中―磯部間は駅間距離が7㌔で、高崎から横川までの7駅間で最長。安中市役所をはじめとする地域の中心は安中駅の2・5㌔ほど西側で、駅配置と〝まちのカタチ〟に一定のズレがあります。
中心市街地の最寄りに新駅を設け、信越線を利用しやすくするのが、新駅を整備する発想の原点といえます。
新市長が駅整備のボタン押す
地元では、バブル経済のころからあったとされる「信越線に新駅」、直接のボタンを押したのは岩井均市長です。2022年5月の市長選で初当選。公約に「信越線沿線の活性化」を掲げ、「安中―磯部間に安中新駅」を打ち出しました。
当選後の所信表明では、「JRの理解を得て安中新駅をつくることで、幹線道路を経由して(安中)市内や富岡市方面からの鉄道の利用増を見込める(大意)」と意義を強調しました。
岩井市長の所信にあった幹線道路とは、「西毛広域幹線道路」のことです。群馬県が事業主体で、県都・前橋市から高崎、安中、富岡の3市を円周状につなぎます。延長27・8㌔。5年後の29年度に全線開通が予定されます。
信越線とは安中―磯部間でクロス。交差部付近に新駅を整備すれば、鉄道と道路の交通結節点になり、鉄道利用が便利になります。安中から高崎や東京方面に向かう人、安中を訪れる人の双方に、鉄道の利用環境が改善されます。
岩井市長の公約を受けて、安中市は本年度予算に「新駅周辺まちづくり検討事業」として3061万円を計上。それが本章の冒頭で紹介した、ニュースの情報源になりました。
鉄道と国道、沿線と沿道に大きな違い
先月初め、現地を歩いてみました。安中市内を東西に貫く利根川水系の一級河川・碓氷川を挟んで南側にJR信越線、北側に国道18号線が並行します。鉄道と道路の間隔は1㌔弱。ところが、沿線と沿道には相当な違いが感じられます。
国道沿いには住宅や商店、事業所などが建ち並びます。対照的に信越線の両側は、ほとんどが水田。これをどう考えればいいのか。
群馬県は全国有数のマイカー王国。クルマでの移動が便利な国道沿いが開発されたのに対し、鉄道沿線は取り残されたという見方は一応は可能ですが、それはいかにも表層的。安中市が新駅を構想するのは、未開発の信越線沿線に地域の未来を託す可能性を見いだしたからにほかなりません。
実は東京から安中への移動は、マイカーより鉄道がはるかに便利。東京―高崎間は上越・北陸新幹線で1時間足らず。安中は高崎から信越線で3駅目で、1時間ちょっとで到着できます。安中市には、北陸新幹線安中榛名駅もあります。
新駅が誕生して駅配置とまちのカタチが一致すれば、鉄道の利用価値は大きく上昇します。
同じ信越線では、北高崎―群馬八幡間にも高崎市による「豊岡新駅(仮称)」構想があります。こちらはJR東日本高崎支社と高崎市が昨年3月、連携協定を結んでいます。
現地を訪れてみて、安中新駅はかつての国鉄幹線が地域密着の鉄道に生まれ変わるためのステップのように思えました。
■埼玉県川口市
JR川口駅に中電停車!? 市が「駅再整備基本計画案」
後段は、東京発のJR京浜東北線で埼玉県最初の駅・川口駅に関する話題です。川口市は各停タイプの京浜東北線だけが停車する川口駅に、上野東京ライン(中電)のホームを新設、同ラインの列車を停車させる駅改良を計画しています。
まちづくりビジョン「中電ホーム増設」
従来は地元構想にすぎなかった上野東京ラインの川口停車ですが、JR東日本が川口市に概算事業費を提示したことで、実現の方向性が見えてきました。鉄道と沿線の関係を考えるモデルケースともいえる、「上野東京ラインの川口停車」を考えます。
具体的な動きを時系列で追います。川口市が22年5月に公表した「川口駅周辺まちづくりビジョン」。「交通」の項目トップの「鉄道輸送力の増強」には、取り組み例として「中距離電車停車のためのホーム増設」が記載されます。
川口市は、昨年度予算に調査費を計上。JR東日本に中電ホーム増設などに関する調査を委託し、今年に入ってJRが概算事業費を提示。奥ノ木信夫市長が、「川口駅再整備基本計画(案)」を公表しました。
概算事業費は389~431億円
川口駅は線路が地上、駅舎が橋上の2層構造。南北方向に6線が並びます。西側から、①湘南新宿ライン下り②同上り③上野東京ライン下り④同上り⑤京浜東北線下り⑥同上り――で、京浜東北線の上下線間に島式ホームがあります。
橋上駅舎には東西自由通路があり、北側にもペデストリアンデッキの自由通路があります。
駅改良では、上野東京ラインに上下線を挟む島式ホームを新設し、橋上駅舎も建て替えて機能強化。駅舎内の東西自由通路を拡張スペースに充て、北側ペデストリアンデッキから橋上駅舎に入る構造に変更します。
JRは川口駅再整備の概算事業費について、①ペデストリアンデッキを屋根、拡幅なし②同じく屋根付き、拡幅あり――の2案で提示。概算事業費は①が389億円、②が420億円と試算しました。参考値として、駅舎改築後、東西自由通路を復元する場合は431億円になります。
事業費は川口市が全額負担するわけではなく、一部に国庫補助金を充当。市側は今後、JRとの協議を経た上で事業費を算出します。
基本計画案公表に続き、川口市は7月22日~8月23日にパブリックコメントを実施。今後は、来年3月までにJR東日本との基本協定締結を目指しています。
JRが他駅事例を基に示した工事スケジュールでは、測量・設計が2~4年、実際の工期が10~12年で、トータル12~16年。若干フライング気味ながら、地元では「早ければ37年にも快速停車」の情報が飛び交います。
羽田空港に一直線所要時間約40分
川口市は、なぜそこまでして中電を停車させるのか? 京浜東北線は大宮―大船間で、川口から大宮、東京、品川、横浜などに乗り換えなしで直行できます。
上野東京ラインが停車すると、大宮や大船以遠、例えば宇都宮、高崎、小田原などと乗り換えなしで結ばれます。通勤通学が便利になるほか、東京や品川への所要時間が短縮できるメリットもあります。
もう一つ、注目したいのはJR東日本が整備する「羽田空港アクセス線(仮称)」。詳細はこれからですが、上野東京ラインはアクセス線に直通運転、川口―空港間は40分程度で結ばれます。アクセス線開業予定は31年度です。
ここで、川口という街を再考。中小鋳物工場が立地する川口は、戦後日本の高度経済成長を支えました。
最近の川口は、住みたい街ランキング上位の常連。住宅ローン会社の「本当に住みやすい街大賞」では20年と21年に連続1位、22年も2位にランクされました。
しかし、現実は厳しく21年2月に駅前百貨店が閉店。駅前のにぎわいも全盛時に比べると薄れつつあり、23年は住みたい街大賞でもランク外になってしまいました。マイナス要因を跳ね返す明るいニュースが「中電停車」。地元の期待も高まります。
川口駅への中電停車はどう動くのか。続報を待ちたいと思います。
■筆者紹介■ 上里 夏生(こうざと・なつお)。42年間在職した交通新聞社を2019年に退職。現在は交通ジャーナリストとして鉄道、観光、自動車業界の機関誌やインターネットメディアに寄稿。モットーは「読んだ方が鉄道をもっと好きになる記事やコラム」。なお、本稿は交通新聞とは直接関係ない筆者の見解である。
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