特集 座談会 JR九州「GOA2・5自動運転前例のないチャレンジ」
地上設備追加を最小限に
ATSベース ATCと同等の安全性追求
実証運転を踏まえ機能強化
メーカー、総研の協力で実現
JR九州は3月16日から香椎線(西戸崎―宇美間)で、国内で初めて運転士以外の係員が前頭乗務する「GOA2・5自動運転」をスタートさせた。ATS(自動列車停止装置)区間での自動運転も全国初の試みで、低コスト化による他線区展開にも期待がかかる。構想から約7年にわたり、同社と日本信号、鉄道総研の強力なタッグでさまざまな課題を克服し、この偉業は成し遂げられた。それぞれの立場で中心的な役割を果たしてきた3氏に集まってもらい、前例のないチャレンジの舞台裏を語ってもらった。
■座談会出席者 (敬称略、順不同)
JR九州鉄道事業本部安全創造部自動運転プロジェクト課長代理
青柳 孝彦
日本信号久喜事業所鉄道システム統括技術部・インフラシステム第一技術部課長
森田 隼史
鉄道総研信号技術研究部信号システム主任研究員(当時)
藤田 浩由
司会 交通新聞記者・松尾恭明
――当初、どのような構想から始まったのでしょうか。
青柳 ATC(自動列車制御装置)に置き換えることなく、地上設備の追加を最小限に抑えて実現するためには、ATS―DKを活用すれば、連続した速度照査に従って速度制御を行うことで自動運転が可能ではないかというアイデアからスタートしたと聞いています。
――ATSベースでチャレンジすることに対する当初の印象は。
森田 連続速度照査式だからといって、本当にできるかは疑問を感じていました。ただ一方で技術的にはできるのではという部分もあり、社内的にはそこに向けて開発に取り組んでみようという雰囲気でした。
藤田 ATS―DKの開発導入に携わった経験から、ATSでできないかと頭の片隅にはあったものの、それまで本当にやろうという鉄道事業者は現れなかったため、これはかなり高いレベルの開発だと思って参加していました。
――どのように開発作業は進められたのでしょうか。
森田 前提条件として、安く抑えることに加え、スケジュール面も考慮し、なるべく既存のハードウエアをうまく組み合わせて、装置として作り上げるかに腐心しました。ソフトも必要な部分だけ新しく作ることを基本に、早く安くを意識しながらやってきました。
青柳 ATCをベースとする省令の立て付けに挑戦しようとしている点で、やはり従来のATCとの同等性をいかに示すかが一番のポイントでした。技術的な部分や保安装置の考え方は鉄道総研、メーカーから知見をいただきながら積み上げていきました。
――ATO(自動列車運転装置)を高機能化する開発にたどりついた経緯は。
森田 当初はATS―DKが保安を担保し、自動運転の機能としてどうつくるのかという考え方だったと思いますが、議論を深めていく中でATO側が照査パターンを持ったり、停止信号の手前で止めなければならないという考えが出てきて、機能が追加されていきました。
藤田 3者で協議を進める中で、ATS―DKの運用を他線区でも使えるようにしたいというJR九州の要望もあって、ATS側にはあまり手を入れないようにしようと、いまの形に落ち着きました。ATS―DKとフェールセーフ性を持たせたATOを組み合わせて、保安を担保するという仕組みは初めてだと思います。
青柳 われわれが着任する前から決まっていましたが、ATO側に保安に関わる機能を持たせようとした場合、装置構成自体がフェールセーフ性を持つ必要があると考えました。
藤田 そうですね。そうでなければ、もっとATS側に手を加えないと、恐らくできなかったと思いますし、もっと複雑な仕組みになっていたかもしれません。ATSに上乗せさえすればできることを示すことができ、すごくいい構成だったと思います。
――地上子の設置位置も苦労されたようですが。
森田 ATOにはデータベースを持たせずに、地上子で停止位置目標までの距離を教えてあげるという考え方でしたが、実際の距離は走行試験をやるとずれていることが結構ありました。地上子の測量はこれまで1㍍単位でよかったものが、停目に停めようとすると、もう少し細かな単位で測量しなければならず、そこはJR九州の頑張りに尽きますね。
青柳 TASC地上子については、通常4点あるものを2点でもできるという発想自体はあり、それでも十分できています。また、第2直下地上子は空振り検知をするという発想で本来は2個置く予定でしたが、1個に収められたのは、われわれの仕様検討の中での頑張りだと思います。
――頑張りというのは。
青柳 アイデア出しですね。なんでもかんでも増設するのではなく、1個でもきちんと車上側で空振り検知を担保すれば、2個置く必要はないという発想です。置き方の基本を決める中で、そもそも第2直下地上子はいるのかという話になりました。いわゆる現示変化に対応するべきか、しなくていいのかという話です。
あくまで装置保安なのだから、第2直下地上子を置いて装置として停めるという思想を入れたのが相違点でした。ATC並みの保安性を担保するために設置しましたが、これがあるからこそ、GOA2・5が実現できたと言えます。
藤田 第2直下地上子の話では、ATCでは閉そく境界ぎりぎりまで現示変化に対応できるが、ATSでは直下地上子を超えてしまうと、あとは運転士に頼るしかありません。そこを自動運転乗務員に変えるというので、何とかシステム側で持たせてやる必要がありました。
そうした中で、際の所に地上子を置いて現示変化だけは追従させようとなり、情報がない区間については連動や他の信号設備で急な下位現示変化を担保しています。いろんな仕組みを組み合わせながら、第2直下地上子さえ置けば同等だと言えるのではないかなど、いろんな議論を尽くして今があるという感じですね。
――お互いの知恵出しで解決できたことも多かったですか。
森田 たくさんありますね。われわれは対策案は考えられるが、運用を見据えた時にそれが本当に正解なのか不透明ですし、この解決策だとこういう部分にいい影響をもたらすなど、そういう情報を教えてもらえたので適切な判断にもつながり、そこは本当によかったですね。
青柳 日本信号さんが機器について詳しく教えてくれましたので、実現手法と条件の理解を深めることができ、これとこれを組み合わせたらできるのではと提案することもありました。お互いに忌憚(きたん)なく意見を出し合える関係ができたことも、開発スピードを速めたと思います。
藤田 それに加えて、プロジェクトに車両系や運転系などと一体で取り組まれたことも大きかったです。車両改造はどのようにする、こんな運転方法はできないなどの問題に最後の最後でぶち当たることは多くありますが、すぐに回答をいただけたので、かなりやりやすかったですね。
――試験はどのように進められましたか。
藤田 鉄道総研では、最初は日本信号の工場内での動作試験、その後JR九州の小倉総合車両センターで実際に車両に組み込んで停めた状態で動作を確認し、構内走行試験を経て、香椎線に持っていくステップを踏みました。
そのステップごとに試験項目を決める際は、ATS―DKの開発時に実施した試験を参考にしました。森田さんと打ち合わせしながら進めましたが、試験項目が膨大な上に、実際に走らせないと分からない試験もたくさん出てきて大変でした。
――走行試験に入ってからはどうでしたか。
森田 構内走行試験である程度、走り方が固まった感覚で香椎線の本線を走り出した時に、やはり速度域が全く異なり、それまで作り込んできた走行制御はほぼやり直しでした。乗り心地やブレーキの取り方なども再度作り直したので、構内走行試験は意味があったのかなと……。
青柳・藤田 安全上の意味はありました!(笑)
青柳 特に夜間の本線走行では同じソフトで2日連続して走ったことがないと思います。走った翌日には次のバージョンで走っていましたから。
森田 本線走行試験も同様で、問題が起きないことは基本的にありませんでしたね。
青柳 夜間走行試験では乗車率変化の検証として、満車想定分の水タンクを車内に積み込んで走りましたが、びくともしませんでした。車両の応荷重制御の性能が高く、ブレーキパターンが全く変わらないことがログを見てわかりました。
同時に、雨天を想定してレールに散水しながら走りましたが全く影響なく、その後の実証運転で結露しているぐらいの微妙なウエットの方が滑りやすいことがわかってきました。
――停止位置の調整も苦労されたそうですね。
森田 仕様上、停止位置の精度はプラスマイナス2㍍以内でしたので、それを満足すればいいという考えで作り込んでいったのですが、実際はプラマイ50㌢を求められて、チューニングに苦労しました。
青柳 私が勝手に仕様を変えたようにも聞こえますが(笑)、雨が降っても雪が降っても、その範囲に入れるためには、晴れている日は50㌢以内に入れないと、絶対にずれますよという話をしたんです。あとは、運転士だったら、あのタイミングでどうするというようなことも。
森田 運転士だったらという部分はよく聞いていました。
――1度目の第三者委員会が19年度末にとりまとめた評価は。
藤田 仕様上問題ないか、実際にそれを組んで走って、精度よく動いているかをレポートとしてまとめて、第三者委員会に提示することを支援しました。レポートは鉄道総研で安全性評価を担当しているグループに事前評価してもらい、その内容を第三者委員会で確認していただきました。
青柳 当時のとりまとめの結言自体は「実証運転に移行されたし」というものでした。いま思えば当然できないのですが、当初はその時点でGOA2・5自動運転が可能とのとりまとめを得ようともくろんでいたんです。
ですが、同時に開かれていた国の「鉄道における自動運転技術検討会」もありましたから、勝手にこちらがやれるというわけにもいかず、それ以上に本当に免許を持たない人間がこのボタンを押してもいいのかという議論も当時はありましたので、当社委員会のとりまとめは安全上は問題ないが、いったんは実証運転に移行して実績を積まれたしということでした。
――20年12月から営業列車による実証運転が始まりました。
青柳 運転士にとってはボタン一つに変わるという大きな変化があるわけですから、机上、車上、そしてハンドル訓練の3フェーズを香椎線の運転士30名程度に2週間、毎日訓練しました。やはりそこは試運転で走るレベルとは異なり、当然取り扱いマニュアルや規程類も整備しないといけません。お客さまに乗車いただくという部分では違いを感じました。
――実証運転の中で機能追加もしました。
青柳 実証運転を始めてすぐに雪で滑走する事象がありました。装置の認識位置と実際の位置の誤差が安全側であることを確認しながら、その上でやはり滑って止まるという事象をいかに抑えるか、安定性向上という意味で、降雪対応の走行モードの追加につながっていきました。
森田 その雪で滑った事象もそうですが、最初の検討や作り込んでいく段階では想定しなかった課題が結構出てきました。初めからしっかり考えていれば、もっと簡単に対策打てたのにというケースは数多くありました。
――実証運転の実績を踏まえて、2回目の第三者委員会はいかがでしたか。
青柳 振り返れば、国の検討会は元々、無人運転の検討からの延長線だったと聞いています。当社はGOA3や4は厳しい認識でしたが、逆に検討会から地方鉄道で導入できる自動運転はないかということで、当社を舞台に上げていただきました。
その検討会の場で、われわれのやり方をどんどん示していき、ご指摘に対しては代わりの仕組みを提案しました。関係協会などのご指導も仰ぎながら本当に総力戦でした。併せて実証運転として、日々走らせていたことが、今回の認可につなげられたのではないかと思います。
――自動運転乗務員の養成ではどのような協力体制でしたか。
青柳 カリキュラムのベースは当社主催の第三者委員会スキームにもあるオペレーションシナリオ分析において、自動運転乗務員の取り扱いの作業分析を行い、評価コメントを鉄道総研からいただきましたし、マニュアルの策定、装置の挙動・表示方はメーカーさんと一緒にやってきました。
――GOA2・5の技術や知見を生かした自動列車運転支援装置の実証運転も始まりました。
青柳 GOA2・5の走行距離67万㌔に上るログデータは全て取得・蓄積しており、その知見を香椎線だけのものにしてはもったいないですからね。設備導入コストを抑える努力はしてきましたが、発想を変えたら、さらにできるのではないかと考えています。
地上制御でやってきたTASCや他の地上子の情報を車上にデータベースとして搭載すれば、地上設備の追加はほぼゼロでできるという考え方です。GOA2・5においては閉そく直下もしくは第2直下は当然置かないといけないのでゼロにはできないが、少なくとも香椎線より減らした形ができた後に、香椎線の次の2・5導入線区を検討しようという考えです。
森田 ATS―DK特有の常時パターン制御の上でGOA2・5を実現しているため、DKではない他の鉄道事業者への展開はハードルが高くなります。そうした時に、地上設備は一切変えずに、車上側にデータベースを持たせることで、GOA2・0の自動運転はできると認識していただけると、次のGOA2・5に移行しやすくなり、そこに可能性を感じています。
藤田 実証運転のログデータは大変貴重な財産であり、とてもうらやましく感じます。それを次の開発に生かしているのはすごく画期的で、鉄道総研でもお手伝いできたらと思います。
――そのほかにも活用する計画は。
青柳 常時制御情報は持たなければならないが、伝送こそ常時である必要はないという意味では、今後の技術展開に大いにつながると考えており、まさに勉強中です。
――最後に今回の取り組みを振り返って感じることは。
森田 新しいものを開発導入する時は、関係するみんなが頑張らないとうまくいかないことを改めて学びました。その中心として推進できたことは大きな財産です。また、この技術を別の鉄道事業者に展開することも目的の一つですので、そちらも引き続き頑張っていきます。
藤田 一度実用化されたATS―DKが、再び自動運転に使われると聞いた時はうれしかったですね。新しいこと尽くめでしたが、鉄道総研内も自分の部署だけでなく、いろんな関係者に動いていただき、連携プレーのなせる業だと感じました。次に続く鉄道事業者が生まれることを楽しみにしています。
青柳 「ATSで自動運転」と「GOA2・5」の二つの「初」を実現できたのは、メーカーと鉄道総研の協力に尽きます。コロナ禍もあった中で、ここだという時にスジをびしっと引いて、そのスジ通りに物事を進めることはできたと思います。国土交通省の方々と直接やり取りする機会をいただけたのはすごい財産です。DXはじめ技術革新が進む中で、今後新しい技術に携わる際に、こういうスキームでやればできるという自信にもなりました。
「安全かつ低コスト」な自動運転
★香椎線「GOA2・5自動運転」
JR九州グループ中期経営計画(2022―2024)の「経営基盤の強化―DX推進」に掲げたオペレーション改革の一環として、既存設備を最大限活用して設備投資を極力抑え、安全かつ低コストの自動列車運転システムの実現を目指して、17年3月に検討を開始した。
従来の自動運転システムが信頼性の高いATC(自動列車制御装置)をベースにしているのに対し、同社の自動運転システムは保安装置であるATS―DKに、保安装置と同等の信頼性とフェールセーフ性を有する高機能ATO(自動列車運転装置)を組み合わせることで、ATCと同等の安全性を担保した。
実証運転は、日本信号と共同開発した同装置を819系「DENCHA(デンチャ)」1編成(2両)に搭載し、20年12月から香椎線西戸崎―香椎間で運転士が乗務する自動運転(GOA2・0)を開始。22年3月から同線全線に拡大した。
対象列車は順次増加し、現在は全列車がGOA2・0以上で運行。2月末時点で総走行距離は67万㌔以上に上り、停車位置の修正や大きなトラブルは発生していない。
この実証運転による安全性の検証結果を基に、第三者委員会の「ATS―DKベースGOA2・5自動運転 実現検討委員会」では昨年8月、国の「鉄道における自動運転技術検討会とりまとめ」を踏まえ、同社の自動運転システムが技術基準省令を満たす安全性を有すること、さらに前頭乗務係員には運転士免許を要しないことを確認した。
同社は昨年12月から、車掌を対象にした「自動運転乗務員」の養成を開始。現在は自動運転乗務員1回生9人が香椎線を走る全173本のうち31本に前頭乗務している。
臨機応変な加減速可能
★自動列車運転支援装置の実証運転
運転士乗務を前提とし、駅出発から駅停止まで列車の加減速は自動で制御するが、走行中に運転士による手動介入が可能。列車遅延時の回復運転や特定箇所の注意運転など臨機応変な加減速ができ、介入後も駅停止制御や制限速度、停止信号に対する減速制御は同装置が行う。
GOA2・5自動運転の知見を基に車上の同支援装置に路線のデータベースを保有することで、地上子の増設は原則不要とするとともに車上装置の簡素化を目指す。運転士の操縦支援により、一層の安全性向上や異常時対応への注力が期待される。
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