交通ニュース・アイ 鉄道の安全性を向上 踏切内AI滞留検知システム
鉄道技術展で〝発見〟
ネットワークカメラで踏切監視
「5G」「背景差分」 技術のポイント
過去最高の618社・団体が出展。3万4878人の来場者を迎え、盛況のうちに終了した8回目の「鉄道技術展」(11月8~10日、幕張メッセ、併催の「橋梁・トンネル技術展」含む)。会場で感じたのは、「鉄道分野以外からの参加が増えている」という点です。
鉄道分野以外から参加増
鉄道業界は、本コラムでも取り上げた「鉄道DX(デジタルトランスフォーメーション)」の真っ最中。デジタル技術を活用した業務改革の実効性を確保するには、専門企業のノウハウが欠かせないといったところでしょうか。今回は、技術展で見つけた新技術「踏切内AI滞留検知システム」に注目しました。
■踏切事故、年間約200件
年間195件の事故が発生し、137人が死傷している(国土交通省の22年度鉄軌道輸送安全情報から)――連続立体交差の拡大や鉄道事業者の創意工夫で一時期に比べ大幅に減少するものの、踏切事故撲滅が鉄道業界の大きな課題であることは、再度指摘するまでもないでしょう。
創意工夫の代表例が監視カメラ。踏切を俯瞰(ふかん)する位置にカメラを取り付け、人やクルマが取り残された場合、特殊信号発光機を明滅(点灯)させて列車を緊急停止させたり、指令や駅などに情報伝達して安全を確保します。
安全性向上に有効なシステムであることに議論の余地はありませんが、若干の課題もあるようです。多くの場合、システムが受け持つのは撮影と伝送だけ。画像解析の機能を持ち合わせていないため、例えば夜間や荒天時に十分な性能を発揮できるか、若干の疑問が残ります。
検出方法にも課題があるようです。現在は、自動車(乗用車、バス、トラックなど)に重点を置くため、人やベビーカー、自転車、シニアカーなどを検出できない可能性を否定できません。
現状から踏み込む踏切事故防止には、画像を解析できる高度な検知システムが求められます。
■異業種4社タッグ組む
鉄道技術展で披露されたのは「踏切内AI滞留検知システム」。名称そのままに、AI(人工知能)を活用して、踏切内への滞留(業界用語で「トリコ」とも)を高精度に検知するシステムです。
多くの新製品と同じく、メーカーと鉄道事業者が共同開発。プレスリリース記載順で、関東鉄道(関鉄)、コシダテック、ヤシマキザイ、NTTコミュニケーションズ(NTTコム)の4社は、今年9月1日から関鉄常総線守谷-新守谷間の海老原踏切でフィールド検証を開始しています。
各社のプロフィル。京成グループの関鉄は、茨城県内で常総線と竜ケ崎線の鉄道2路線を運行します。システム開発で中心になったコシダテックは、戦前の1930年創業の技術系商社です。
ヤシマキザイは鉄道の専門商社で、技術展の常連。NTTコムはNTTグループの中核企業の一つで、企業目標にDXによる社会課題解決を掲げます。
■ドコモ携帯電話網 利活用
交通新聞読者にも参考になりそうな開発の経緯は別稿に回し、検知システムの機能や特徴をご紹介します。
踏切を監視するネットワークカメラは、街頭などで数多く見掛ける汎用(はんよう)品。鉄道業界でも、駅などへの導入が進みます。
カメラは踏切から3~10㍍程度離れた柱の上部に取り付け、踏切全体を監視します。撮影画像は5Gネットワークで運行管理者(指令など)に伝送されますが、ルーターや基地局にNTTドコモの携帯電話網を活用するのがポイントです。
NTTコムはNTTドコモの子会社。「docomo MEC(ドコモメック)」のネーミングで、ケータイネットワークによる法人向けクラウドサービスを提供します。検知システムもドコモメックの応用です。
ドコモメックを活用することで、鉄道事業者は自前の通信網を用意する負担から解放。比較的リーズナブルな設備投資で、高い安全性を持った踏切の滞留検知システムを構築できます。
■高速大容量・低遅延「5G」
ここで2つのキーワードで挙げます。
一つ目は先述の「5G」。国際電気通信連合(ITU)が定める第5世代の通信規格です。高速大容量・低遅延で高い信頼性が特徴。鉄道業界では「ローカル5G」という自社ネットワークを構築、業務効率化や安全性のレベルアップを図る事例が相次いでいます。
5Gをめぐっては、鉄道総研も有効性に注目します。具体的には、今回のような踏切支障物検知のほか、荒天時など肉眼での確認が難しい場合に視認性を向上。列車の自動運転にも、5Gは重要なツールです。
■学習能力備えた「背景差分技術」
もう一つの中核技術が「背景差分」。専門用語を極力省いて解説すれば、システムは通行車両などが何もない状態の踏切を、あらかじめ背景画像として生成(記憶)しておきます。
そしてクルマや人の通行に応じて、入力画像との差分(違い)を計算(コンピューター用語で「アルゴリズム」)して、踏切障害物の有無を判断する仕組みです。
AIを名乗るネーミングに示されるように、システムは学習データに基づいて異物を検知する能力を備え、ベビーカーや車いすなどを異物としてとらえることができます。こうした技術は、VAE(「変分オートエンコーダ」の英語名の頭文字)と呼ばれます。
以上、文章での紹介に限界もある点をお詫びした上で、滞留検知システムの一端でもイメージしていただければうれしいかぎりです。
本コラムで興味を持った方は、コシダテックのホームページのチェックをお願いします。同社の技術陣は、次なる展開として駅ホームからの転落検知、列車と野生動物の衝突防止などを視野に入れるそう。成果に期待したいと思います。
●自動車の専門商社 踏切検知システムに挑戦
「鉄道DX」で変革、業界に新風
「踏切内AI滞留検知システム」の開発で、協業4社の中心的役割を果たしたコシダテック。交通新聞読者で社名を知る方はほぼ皆無でしょう。
事業メニューには「自動車関連」「自動車用品販売」「自動二輪関連」などが並びますが、「鉄道」の2文字は見当たりません。創業90年を超す自動車中心の商社が、なぜ踏切の安全システム? そこには「鉄道DX」で変革を遂げる、最近の〝鉄道業界あるある〟が詰まっています。
「技術商社」を自称。本来はモノを売るのが商社ですが、技術ノウハウを蓄積してユーザーが必要とする製品をメーカーに提案する。流行の経済用語を使えば、「ソリューションビジネス(課題解決型ビジネス)」。メーカーとユーザー(鉄道事業者)の間に立って発案したのが、滞留検知システムです。
創業90年超の名門商社
コシダテックの創業は昭和初期。三菱電機の自動車用機器の東日本総代理店として業務開始しました。越田商工を経て90年に現社名に変更しています。
話は2000年代初頭に。世はIT時代の幕開け。インターネットを活用するビジネスが数多く考案され、コシダテックも専門セクションを置いて技術開発に乗り出しました。
試行錯誤の中で得意分野になったのが、ICT(情報通信技術)やIoT(モノのインターネット)。JR高輪ゲートウェイ駅に近い、東京都港区の本社別館に「5Gスタジオ」を置いて5Gビジネスに取り組む中で、可能性を見いだしたのが踏切内AI滞留検知システムです。
最良のパートナー得る
「踏切内に滞留する障害物を画像解析で検知する」というシステムの基本技術の開発には比較的短期間でめどを付けたのですが、鉄道は未知の分野。そこで、鉄道と自動車と対象は違えど同じ専門商社のヤシマキザイの力を借りることにしました。
関鉄の踏切での実証検証も、ヤシマキザイの仲介で実現しました。
コシダテックは、もちろん今回が鉄道技術展への初出展。ヤシマキザイのブースの一角を借りて踏切内AI滞留検知システムを、パネル展示とプロモーションビデオで情報発信しました。
今後は実証検証の成果をまとめ、鉄道業界への普及を目指します。
回を追うごとに盛況を極める鉄道技術展。その大きな理由が、コシダテックのような異業種からの出展者が、鉄道業界に吹き込む新風にあることをあらためて実感しました。
検索キーワード:自動運転
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