特集 東海道新幹線 きょう開業60周年 丹羽俊介社長インタビュー
3大都市圏を結ぶ 今後も使命果たす
時代のニーズ的確に捉えて 輸送サービスを進化
挑戦する意識 大切に変革
人の力の重要性は変わらず
60年間にわたり、日本の大動脈輸送という大役を果たし続けてきた東海道新幹線。このうち37年半は、JR東海が運営を担ってきた。単体の運輸収入に占める同新幹線の割合は9割を超え、まさに経営の屋台骨として会社の成長と軌を一にする。需要に応え輸送量を伸ばす中で、コロナ禍が直撃。社会や経営環境は大きく変わった。激動の直近10年を軸に、経営全般から捉えた東海道新幹線の変化について、丹羽俊介社長に聞いた。(聞き手・栗原 康弘記者)
――東海道新幹線が開業60周年を迎えました。率直な感想をお聞かせください。
安全が大前提
丹羽 60年で70億人以上のお客さまをお運びしつつ、乗車中のお客さまの死傷事故は開業以来ゼロです。これは先人たちの技術と努力の結晶であり、畏敬の念と感謝の気持ちが湧き上がっています。同時に、さらに東海道新幹線を磨き上げていく役割を担う私たちとしては、身が引き締まる思いであり、日本の大動脈輸送を果たし続ける決意を新たにするところです。
60年の歴史の半分以上は、JR東海の発足以降に当たります。振り返ればその間、輸送力の拡大、高速化による旅行時間の短縮、インターネット予約「EXサービス」の開始といったさまざまなことを成し遂げてきました。一つ一つ努力を積み重ね、技術力を磨くことで、会社発足当初に比べ格段に良いサービスを提供しているという自負があります。時代のニーズに合わせて、輸送サービス全体を進化させてきました。これからも、大前提となる安全を最も重視しながら、さらに磨き上げていかなければならないと感じています。
――東海道新幹線の歩みは半世紀を経て、直近10年はコロナ禍で経営環境が大きく変わりました。新幹線の変化への対応について、経営全般の視点からどのように捉えていますか。
経済成長支える
丹羽 まず、いかに経営環境が変化しても、東海道新幹線にとって変わらないものがあります。それは東京、名古屋、大阪の3大都市圏を結ぶ大動脈輸送という使命です。開業以来一貫して日本経済の成長を支えてきました。コロナ禍前は約6割、その後も約半数のお客さまがビジネス利用という交通機関です。
ビジネスのお客さまにとって重要なのは、目的地に早く着くという点でしょう。2003年に最速達列車の「のぞみ」を中心とするダイヤに移行して、高速化を進めてきたのは大きなテーマの一つです。同時に、高い頻度で走らせることで待ち時間を少なくし、ピーク時間帯にも多くの座席数を提供してきました。20年には「のぞみ12本ダイヤ」を達成し、「ひかり」「こだま」を含めるとピーク時は平均3分間隔で乗ることができます。このように、利便性が高く快適な新幹線の基盤を一生懸命築いてきており、これはビジネス以外のお客さまにも有用となるものです。
そして、同じく変わらないものとしては、安全を最重視する姿勢です。安全が最優先であり、その上にさまざまなサービスがあります。
安全を確保するために、自然災害への対策は変わってきています。大地震であれば、当社発足以降で見ても阪神・淡路大震災や東日本大震災などが発生しました。そのたびに新しい知見が示され、それを踏まえたさまざまな対策に取り組んでいます。新潟県中越地震を踏まえた脱線・逸脱防止対策は継続して進めており、地震の揺れをいち早く検知して走行中の列車に緊急停止指令を出す地震防災システムは計測機器の強化などで精度を高めています。
大雨に対しては、盛土区間ののり面などで対策工事を進め、運転規制値の緩和を進めてきました。しかし、近年は降雨の状況が変わってきています。営業線でのモニタリングを通じて、技術開発の面から、より適切な豪雨時の運行のあり方を検討していきます。
チームワーク大事
13年には、土木構造物の大規模改修工事に着手しました。大きく3種類あり、鋼橋とトンネルの改修工事は本年度末に完了する予定で、コンクリート橋についても着実に実施しています。長い時間軸の中で、将来に向けて強化していく取り組みです。
変わらないものとしてもう一つ挙げるとすれば、〝人の力の重要性〟です。東海道新幹線の進化、発展には技術開発がベースにあり、それを積み重ねてきました。この技術をつくり上げ、使っていくのも人間です。鉄道の運営では規律を重んじ、一体感を持ってチームワークを大事に運営していく文化を育んできました。経験を積み、教訓を得ながら、より良いオペレーション、サービスをつくり上げるのも人間にしかできないと思います。
――一方で、コロナ禍がもたらした影響や社会の変化は避けられないものがありました。
経営体力を再強化
丹羽 東海道新幹線の利用は前年比9割減という時期もあり、厳しい経営環境に置かれました。そして、人々の生活様式や働き方にも変化が生まれました。そうした中で打ち出した方針が、「収益の拡大」と「業務改革」を柱とする「経営体力の再強化」です。新幹線でいえば、コロナ禍の逆風をきっかけとして、将来にわたる大動脈輸送の役割をより高いレベルで実現していくことにしたわけです。
コロナ禍以前から、東海道新幹線を時代の要請に合った優れた乗り物にしてきました。そしてコロナ禍にあっても、お客さまに安心して利便性高く快適に使っていただけるように取り組んできました。例えば、20年に新型車両「N700S」をデビューさせるとともに「のぞみ12本ダイヤ」を実現しました。EXサービスもこの10年でずいぶん進化しました。遅延している列車の座席予約では、発車予測時刻を表示して購入できる仕組みにするなど、改良を重ねています。このような輸送サービス向上の成果をベースに、過去と比べて、少しずつ変化していくお客さまの移動のニーズを的確に捉え、それにお応えできるようなサービス、商品をつくっていくことが大切です。実は、コロナ禍前からビジネス以外のお客さまが増える傾向にありました。この10年ではコンサートやテーマパークなどを旅行目的とするお客さまが増加しています。
「推し旅」が好評
現在は、「推し旅」が大変好評です。そこには、お客さま自身の趣味に基づいて、「推し」に会いに行くために旅行するというニーズが存在します。従来型の観光地を巡る旅行に加えて、新しい形の需要が表れ、多様化しています。われわれはこうしたニーズをしっかりとくみ取り、お応えしていこうと、特にコロナ禍以降に力を入れているところです。
――需要に応えるだけではなく、発掘しているような印象を受けます。
丹羽 「推し旅」では、アニメなどのコンテンツを保有する会社とコラボレーションして、新幹線を組み合わせたファン向けのイベントがあります。外部の企業と当社にとって、新しいお客さまを発掘する、コンテンツの露出につながるといったそれぞれの課題解決につながり、ウィンウィンになる取り組みです。さまざまな企業や自治体などと組んで、今までになかったような商品やサービスが生まれ、お客さまに喜んでいただければ、全てがウィンウィンです。そうした手応えを感じ始めています。
新たな需要開拓
ほかには、商品プロモーションやイベント、企業の報奨旅行に新幹線車内を利用していただく「貸切車両パッケージ」など、従来から一歩踏み出した形で新たな需要の開拓に取り組んでいます。
――他企業との連携をはじめ、これまでにあまりなかったような動きがさまざまな場面で見られます。
丹羽 コロナ禍を経て、従来のやり方に捉われることなく、自由に考え発想して、チャレンジしてみようと呼び掛けています。安全対策は、長年積み重ねてきた上に成り立っているので、まずはそれを守ることが基本ですが、今のままで十分か、もっと違う切り口で安全を高められないかと発想することが大事なわけです。安全は当社の最優先事項ですから、あらゆる観点から最良のものにしなければなりません。新幹線の安全・安定輸送を貫くための企業文化に加えて、チャレンジする意識を大切にして、変革を進めています。
リソースをかけてきた「推し旅」は、本年度100を超える企画が予定されています。新しいことをやっていくと、業界内でも話題となり、また新たなパートナーと組めるようになって、違った観点から知恵が出て次の展開に結び付くという良い循環ができつつあると思います。
「経営体力の再強化」の柱の一つに掲げている「業務改革」でも、仕事のやり方をとことん見直して新しい技術を組み合わせ、新たな仕事のやり方を形作っていくという考え方はまさに共通するものがあります。
外部と連携
世の中にはいろいろな知恵や技術を持つ方々がいます。今までは考えつかなかったニーズを持つお客さまもいます。もっと外の世界に目を向けて視野を広げ、外部との連携を図っていくことが大切だと思います。
――労働力人口の減少に備えた対策も課題です。
ICTなど積極活用
丹羽 これからも新幹線を運営していく上で、「業務改革」としてICT(情報通信技術)などの技術を積極的に活用し、人手がかからない形でより効率的な業務執行体制の構築を進めているところです。例えば鉄道設備のメンテナンスでは、ICTの力で人間の目視よりも精緻な点検が可能になるかもしれません。最も大事な安全性は高めていきたいので、そういう意味でも大いに期待しています。
逆に、修繕計画の策定や保守データの分析などは、まだ人間の力によるところが多くあります。人間は、こうしたより高度な仕事を担っていくことになるでしょう。
変化に対応、強い組織に
――最後に、東海道新幹線の将来展望を見据えた経営のビジョンをお聞かせください。
丹羽 やはり、あらゆる意味で進化の取り組みを続け、より良いものにしていかなければなりません。緒に就いたばかりの業務改革をとことん推し進めます。N700Sの3次車に新たな営業車検測機能を搭載するなど、ICTを活用して人手を介さないメンテナンスに取り組んでいく必要があります。オペレーションでは自動運転(GOA2)です。実現に向けた技術開発を続けています。
自然災害対策など、安全性の向上も重要なテーマです。降雨対策はもちろん、地震対策も終わりのない取り組みで、巨大地震を想定したオペレーションの検討を深めなければなりません。安全が最優先であることに変わりないのです。
リニア中央新幹線が開業すれば、東海道新幹線と一体で経営して日本の大動脈輸送をより強靭(きょうじん)化します。変わらぬ使命を果たすために必要なのは、やはり人の力です。人材育成の環境を整えるとともに、規律、一体感、チームワークに加えてチャレンジしていけるような文化を育んでいくことに力を入れたいと思います。変化に対応していける組織が強い組織であり、そうありたいと考えています。
◇丹羽 俊介(にわ・しゅんすけ)氏略歴 1989年4月JR東海入社。人事部勤労課担当課長、同課長、同人事課長、新幹線鉄道事業本部管理部長、総合企画本部投資計画部担当部長、人事部長。2016年6月執行役員・広報部長、19年6月取締役・執行役員・総合企画本部長、20年6月取締役・常務執行役員・同本部長、22年6月代表取締役副社長(事務部門担当・事業推進本部を除く)、23年4月から現職。愛知県出身。59歳。
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