交通新聞社 電子版

特集 東海道新幹線 きょう開業60周年 辻村厚常務執行役員・新幹線鉄道事業本部長インタビュー

2024.10.01
辻村厚JR東海常務執行役員・新幹線鉄道事業本部長

 辻村厚(辻=しんにょうの点1つ)

 

 想像を超える新幹線に 

 安全の「コンプリート」追求/ICT駆使し業務改革

 国民の負託に応える

 最新技術で効率化、安全性高め次世代へ

 自動運転GOA2レベル 28年頃からの運用めざす

 世界初の高速鉄道として開業した東海道新幹線は、60年間にわたって技術的な進化を遂げ、時代の要請に応えたサービスを提供してきた。特に近年は、自然環境の変化、ICT(情報通信技術)の発達、コロナ禍を受けた社会変容、生活様式の多様化など、新幹線を取り巻く外部環境は目まぐるしく変わり続けている。こうした中で、昨今の東海道新幹線の運営について、柱となる安全と輸送サービスを中心にハード、ソフト両面から、JR東海の辻村厚常務執行役員・新幹線鉄道事業本部長に話を聞いた。(聞き手・栗原 康弘記者)

――東海道新幹線が開業60周年を迎えました。率直な思いをお聞かせください。

 辻村 乗っていただいている大勢のお客さまと、運行にご理解をいただいている沿線の方々に感謝の気持ちを抱いています。振り返ってみると、運行ダイヤ、最高速度、設備・システム、サービスなど、さまざまな面で時代に合わせた形に変えてきました。

 最初に新幹線を生み出した人は、その時に考え得る最高の鉄道をつくったと思います。しかし、先輩方がそれを単に受け継ぐだけではなく、発展させてきたからこそ今があるわけで、感慨深い思いがします。60周年は、その紡いできた歴史の一つの節目です。われわれも新幹線を進化させ、どうやって後輩に引き継いでいくのかを考える節目でもあります。

 東海道新幹線は、単に東京と大阪を往復する輸送機関ではありません。日本経済を支える国家の背骨、基礎インフラを担っています。私は「国民の負託に応える」ことが、東海道新幹線の責務だと考えています。例えば、今年1月に能登半島地震と羽田空港での航空機事故があった際は、東海道新幹線で対応できることをさまざま検討しました。こうした動きは、その責務が社内で浸透しつつあるものと感じています。

――最も重要な安全について、どのように推進してきたのでしょうか。

 辻村 まずは、しっかりとした安全関連設備を整えることです。在来線を含みますが、会社発足以降の安全関連投資は総額4・6兆円を超えています。

 地震対策 

 地震対策では、耐震補強、地震発生時に列車を速やかに停止させる取り組み、車両の脱線・逸脱防止という大きく三つに取り組んでいます。構造物の耐震補強は、高架橋柱や橋脚などで阪神・淡路大震災を踏まえた対策が終了しました。引き続き、駅のつり天井の脱落防止対策、ホーム上家の耐震補強を継続します。地震波を素早く捉える東海道新幹線早期地震警報システム「テラス」では、外部の海底地震計の情報を加えるなど、列車をいち早く止める仕組みを構築しています。

 また、「脱線防止ガード」などの脱線・逸脱防止対策は、2023年度末時点で全体の約7割まで進めており、28年度末までに全線で完了する見込みです。「逸脱防止ストッパー」は既に全ての車両に設置しました。今後も大規模な地震の解析や研究を進め、必要に応じて対策を打っていきたいと思います。

 大雨対策 

 大雨対策では、のり面でコンクリート防護工や排水を促進する排水パイプの設置を行いました。運転規制では、新たな指標に「土壌雨量指数」を加えて、一部の場所で適用しています。最近は雨の降り方が激しいので、センサーを使って盛土内の水の分布を把握するモニタリングを始め、運転規制のさらなる最適化に向けた研究を進めています。さまざまな対策で、雨にも強い新幹線を目指します。

――保守作業でもICTの活用が進んでいます。

 保守の省力化

 辻村 軌道や電気設備の状態を把握するために、従来はドクターイエロー(新幹線電気軌道総合試験車)を使って計測していましたが、現在は一部の営業車に地上設備の状態監視機能を搭載し、高頻度な計測を実現することで、検査の省力化とタイムリーな保守作業の実施を図っています。さらに26年度から追加投入するN700Sの3次車には、電車線金具異常検知装置や軌道材料モニタリングシステムなどの機能を一部編成に加えます。営業車でドクターイエローと同等以上の検査を行うことで、設備の安全性、信頼性が向上するとともに、保守作業をさらに省力化することが可能となるわけです。

 車両そのものの状態把握でも各種センサーを設けており、走行中に取得したデータを走行中も車両所などに伝送してリアルタイムに詳細をつかむことができるようになっています。車両所ではデータ分析を行うことで故障の予兆を発見できるため、周期に基づく車両検査に加えて、適切なタイミングでの修繕が可能になり、より良い形を実現しています。

――こうした設備を取り扱うのは社員の皆さんです。

 辻村 鉄道を動かしていくのは人ですから、安全のもう一つの大きな柱は人を意識面、技術面で育て、鍛え上げることです。高い技術力、安全に対する強い意志、規律やルールを守り一人一人が責任を持って協力する一体感が必要です。社員にはそれらを身につけてもらうための教育をしっかりと実施しています。

 技術力向上 

 技術力向上の一つの例としては、20年に新幹線運転士用のシミュレーターを新しくしました。それまでは車両故障時の応急処置を目的としていましたが、自然災害や列車火災などの異常時の運転操縦を勉強するものに転換しました。これは、実際に経験する機会が少ない異常事態を映像で再現し、適切な対処方法を繰り返し訓練することで対応力を高めます。

 安全意識 

 安全意識の向上では、13年度から「安全のための本質を探究する運動」を全社的に展開しました。ルールができた背景を学び、理解を深めた上で順守する取り組みです。これを継承し、一歩進めた形で22年度に開始した現在の「もっと安全!運動」では、仕組みや設備を改善して、もっと強固な安全を追求しています。

 実際の車両や地上設備を使った訓練は、定期的に実施して練度を高めています。各系統やグループ会社の社員が参加する総合事故対応訓練をはじめ、本線上を走行する実車を使った異常時対応訓練などさまざまな想定で実践しています。ほかにも、異なる系統による合同訓練や、事前にシナリオを知らせないブラインド型訓練を行い、鉄道以外の他企業の訓練を参考に取り入れた手法もありました。

 安全にパーフェクトはあり得ないと思います。列車を動かさなければ安全上はパーフェクトかもしれません。しかし、われわれは列車を運行し、国民生活を支え、経済を円滑にすることが使命ですから、自分たちが考え得る全てのことをやり尽くす「コンプリート」が、安全に対する考え方だろうと思います。コンプリートしたからといって満足するのではなく、さらなる安全を考えていくことが大切です。これが「もっと安全!運動」の趣旨です。

――輸送サービスについては、旺盛な需要に応え続け、充実を図ってきました。中でも、現在の「のぞみ12本ダイヤ」を成し遂げたポイントは何でしょうか。

のぞみ12本ダイヤ

 辻村 列車ダイヤの作成には、基準運転時分や運転時隔をはじめ、車両の性能も考慮しなければなりません。長年にわたって加減速性能や最高速度の向上を図り、性能を高めた車両を投入してきたことは、12本ダイヤ実現の大きなファクターです。

 「のぞみ中心ダイヤ」は03年に導入し、「のぞみ」の片道1時間当たりの最大運転本数を7本に設定してスタートしました。段階的に本数を増やし、N700Aへの車種統一を果たしたことで12本ダイヤに到達しています。

 ATC改良 

 ATC(自動列車制御装置)の改良も行いました。のぞみ12本ダイヤは、ほかに「ひかり」2本、「こだま」3本の合計17本の設定ですが、終端の東京駅では大井車両基地に回送する列車が3本あり、実際は合計20本です。つまり運転時隔は単純計算で3分にしなければなりません。

 そこで、入線時にATCブレーキで速度を落とす地点を線路終端側に変更して、時隔を確保しました。「アシストブレーキ」を活用したもので、開発を進めている自動運転システムの一部機能を先行導入した形です。

 東京駅での時隔の確保は、運転士も考えてくれました。駅発車時の運転操縦で適切なノッチ操作について研究し、現場サイドの取り組みもダイヤに生かされています。

 設備改良

 設備改良では、東京駅に開通予告表示灯を設置しました。これは、駅係員が列車を発車させる動作を行う際に使用します。従来の開通表示灯は転てつ器の進路開通を完了した直後に知らせる仕組みでしたが、開通予告表示灯は運行管理システムから転てつ器に進路構成の指示を出した時点で知らせるようにしました。これにより、数秒の時隔を確保できたのです。

 このほかにも、列車本数の増加に伴って、電力設備の増強や運行管理システムの改良、車内清掃の時間短縮に取り組むなど、各系統での改善策を積み上げました。

――「経営体力の再強化」として取り組む「業務改革」では、東海道新幹線においてもさまざまなテーマがあります。労働力人口減少への対応、ICTのさらなる活用といった点から、この先の東海道新幹線をどのように運営していくお考えですか。

 自動運転 

 辻村 業務改革は最新のICTを駆使しながら進めていますが、目玉の一つがGOA2レベルの自動運転です。28年ごろからの順次運用開始を目指して研究を続けています。

 状態監視 

 メンテナンスでの業務改革は、ICTを活用してタイムリーに状態監視を行うことで、より安全になり、省力化、効率化が図れる点です。開発した外観検査装置は、車両基地の検査庫入り口に門型の装置を設置し、入庫のタイミングで一部の検査ができます。その上、ボルトの緩みまで検知できるという精度の良さです。

 これ以外にも、高速走行中の営業車で状態を把握できる軌道材料モニタリングシステムや、電車線設備の画像を解析して設備の異常を検知する電車線金具異常検知装置などを開発しました。こうしたシステムを営業車に搭載して、地上設備を計測していくようになります。

 社員の意識 

業務改革を推進する中で、社員の意識改革につながるような芽が出てきていると感じる場面があります。技術や安全に対する思想は、過去に先輩方が築き上げてきたものですが、業務改革によって、そこに最新の技術を取り入れて、効率的に運営しながら安全性を高める形で引き継いでいこうという考え方が生まれてきました。

 特に若い社員は、学生時代に身につけた最新技術の知識を生かせるようになりますし、これまでの安全や技術に関してもう一度掘り起こし、ICTを使って鉄道の本質を見極めた上で、もう一度再構築していこうという流れになっています。単に規程で決められた通り、先輩から言われたからということではなく、自分で鉄道の歴史を探究し、ICTの最新技術で前へ進めていくことができれば、新幹線を自らがつくり上げている実感が得られます。仕事の手応えを感じられるのは、社員にとっても幸せなことで、こうした動きにうれしい気持ちを抱いています。業務改革を続けていけば、それがわれわれの文化となり、また次の世代が改良を加えて、もっと良い新幹線、想像を超える新幹線になっていくのではないかと期待しています。これこそが東海道新幹線の真の姿であり、われわれの本質だと思います。

 

 ◇辻村 厚(つじむら・あつし)氏略歴 1989年4月JR東海入社。新幹線鉄道事業本部運輸営業部管理課担当課長、同課長、安全対策部次長、東海鉄道事業本部運輸営業部長、新幹線鉄道事業本部運輸営業部長。2018年6月執行役員・新幹線鉄道事業本部副本部長・運輸営業部長、20年6月執行役員・安全対策部長、22年6月から現職。兵庫県出身。59歳。

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