交通ニュース・アイ 今後の鉄道を考える 「J―RAIL2023」の特別セッションから
昨年は「鉄道の日」が30周年を迎えましたが、同じ1994年に始まったのが「鉄道技術・政策連合シンポジウム(J―RAIL)」です。鉄道事業者、研究機関、メーカーなど企業・業態を超えた業務研究発表会で、30回目の今回は昨年12月12~14日に東京都内で開かれました。
2日目の特別セッションは「鉄道の技術と政策:これまでの30年と次なるステージに向けて」がテーマで、初回からの歩みを振り返りつつ、自動運転などで変わる鉄道の今後を展望しました。本コラムは、政策研究大学院大学特別教授(東京大学名誉教授)の家田仁氏の基調講演(大要)をお届けします。
日本の鉄道の「今」をどう認識するか? ~社会と技術の展開~
政策研究大学院大学特別教授 家田 仁
22年は「鉄道開業150年」だったが、1世紀半にわたる日本の鉄道史のほぼ真ん中に位置するのが終戦。さらに戦後の鉄道は、国鉄とJRに二分される。大ざっぱにいえば、日本の鉄道史の4分の1はJRが書き上げたことになる。
厳しさを増す鉄道を取り巻く環境
「JR発足時と現在を比べれば、鉄道を取り巻く状況ははるかに厳しくなっている」。これが最初に申し上げたい点だ。
乗り鉄、撮り鉄、LRT……。世には、鉄道の話題があふれる。しかし、こと鉄道に従事する者、明るさに幻惑されてはならない。「鉄道の課題を解決するのは今。大切なことを先送りしてはいけない」ことを最初に確認したい。
国鉄改革から現在まで、経済は低成長が続き、人口減少社会が進行、規制緩和も進んだ。海外に目を向ければ、世界情勢は激変している。
新幹線ネットワーク1・5倍に
JRの35年を、新幹線をキーワードにたどってみる。国鉄末期は新幹線が経営悪化の真犯人のように誤解されたこともあったが、97年の長野(北陸)新幹線開業あたりから風向きが変わった。高速鉄道ネットワークは、地域振興をもたらすという見方が定着した。
整備新幹線は、30年間で大体1000㌔のネットワークが整備された。エリア別では年間10㌔程度で、非常にスロー。しかし、多くの地方が「自分たちの地域にも早く新幹線を」と訴える現状を考えれば、「こうしたネットワーク拡大もありか」の思いにとらわれる。
新幹線は経済インフラと思われがちだが、機能はそれだけにあらず。社会インフラとして、地域を元気にする役目も受け持っている。
新幹線は国鉄改革までに、およそ2000㌔のネットワークが完成していた。現 在約3000㌔なので、JRになって1・5倍に伸びた勘定だ。
同様に、都市鉄道も700㌔ほどネットワークを拡大した。長距離路線の代表例がつくばエクスプレス(TX)。既存路線をつないでミッシングリンクを解消する神奈川東部方面線など、短距離の路線も整備効果を発揮する。
コロナ禍のリモートワークで混雑緩和
ところで、鉄道の整備効果とは何か? 一つは、都市圏の混雑が緩和されたこと。鉄道事業者による新線整備や車両増備が効果を発揮した。
しかし、理由はそれだけではない。オフピーク通勤など、人々の行動様式が変化している。コロナ禍をきっかけにした、リモートワーク普及も混雑緩和を後押しする。
JRになって変わったこと。多くの事業者は、デザイン性や文化性を重視するようになった。思い浮かぶのがJR九州。素晴らしいデザインの駅や車両が価値をもたらすことを、鉄道業界全体に認識させた。
もう一つ、鉄道と地域の間に絆(きずな)が芽生えたのも、JR後の変化といえるだろう。災害で被災した鉄道が運転再開すると、沿線の人々が列車に向かって手を振る。鉄道が提供するのは輸送だけではない。文化も運ぶのだ。
開業した時から建設の目的が始まる
人口減少社会では、鉄道の新線建設は不要という論調がある。しかし、開 業してみれば建設に反対した人も乗っている。
要は鉄道は造るのが目的でなく、開業した時から建設した目的が始まるということ。そうしたモデルを示したのが、長野新幹線以降に開業した九州(西九州)、北陸、北海道の各新幹線ではないか。それこそが、鉄道が地域にもたらしたレガシー(遺産)といえる。
只見線を復活させたシビックプライド
ローカル線では、福島、新潟の両県を結ぶJR只見線に注目したい。11年の豪雨災害で被災、一時は廃止も取りざたされたが、22年10月に11年ぶりで全線運転再開した。
只見線を復旧させたのは、沿線の人たちのシビックプライド(地域への誇り)。鉄道を地域の価値とする見方は、以前にはなかったものだ。
ここまでJRがもたらしたプラスの効果を挙げたが、最初に申し上げたように、残念ながら鉄道を取り巻く環境は厳しさを増している。
JRになって、新幹線の営業キロが1・5倍で輸送量は1・4倍。在来線も合わせると1・1倍になる。だが、道路交通の伸びは鉄道と比較にならない。
高速道路の延長は現在、全国約1万2000㌔で35年前の約3倍。航空では、LCC(格安航空会社)の輸送量の伸びは鉄道をはるかにしのぐ。
それ以外にも、災害の激甚化や人口減少などがある。今後の鉄道が、ますます厳しい状況に置かれるのは必至だ。
[[方向転換が難しい鉄道業界]] 極端にいえば、鉄道は非常に大きな〝図体〟を持つ産業。方向転換は容易ではない。既成概念を変える最も大きな原動力は何か? 私はクライシス(危機)と考える。
近年のクライシスがコロナ。コロナ禍が平時に戻っても、さらに大きな危機が待ち構える。クライシスを糧にして次代の鉄道を切り拓く。日本の鉄道業界は、危機をチャンスに変える力を求められる。
チャンスの一つがカーボンニュートラル。鉄道の環境優位性だ。鉄道は省エネ性能にも優れる。新幹線だけでなく、貨物鉄道にもチャンスがある。そうした視点でJ―RAILをみれば、まだまだ研究すべき課題は無限にあるといえるだろう。
■鉄道業界の交流拡大や人材育成に貢献
「J-RAIL」の30年 盛況ゆえの課題も
初回のJ-RAILは94年。同じ年の出来事には、「鉄道の日」誕生のほか、関西空港鉄道線開業、東北・上越新幹線「MAX」運転開始などが並びます。
土木、機械、電気分野横断型の業研
鉄道界全般をみれば、JRグループは発足8年目で創業期から安定期に移行。高速化に代表される次世代技術の波が、私鉄や研究機関、メーカーも含めた業界全体に打ち寄せていました。
地域に密着した民間企業のJR……、国鉄時代に比べ経営面ではプラスの効果しかありませんが、一方で技術的にはノウハウが各社に分散。同種の技術開発を複数事業者が手掛けるといった、無駄も指摘されるようになっていました。
そうした中、運輸省(当時)の会合で土木(施設)、機械(車両、運転)、電気(システム、信号)に分かれる鉄道技術分断の弊害が指摘。今回、基調講演した家田教授(土木)や、東京大学工学部の井口雅一教授(当時、機械)ら鉄道有識者が、分野横断型の業研を発想しました。
分野を超えた発表会は、例えば土木技術者が機械の発表を聞いて、新たな着想を得るといった効果を期待できます。
年1回のシンポ(最近は12月開催)は、日本機械学会(交通・物流部門)、電気学会、土木学会が持ち回りで主催(今回は土木学会が主催し、日本交通学会が共催)。国土交通省、日本民営鉄道協会、日本地下鉄協会などが後援・協賛します。
コロナ禍で実開催が見送られた20、21年もオンラインで継続。初回からの30年間に、技術交流や人材育成で大きな役割を果たしてきました。
しかし、主催者は3学会持ち回りで常設事務局はありません。このため、複数年にわたる長期テーマは育ちにくいのが実態。さらに、発表件数は全体で150件以上。分野別の発表件数は各50件を超すため、他分野の発表を聞く参加者は少ないといった点にも課題があります。
それはともかく、「継続は力なり」。J-RAILが、今後も長く続くことに期待したいと思います。
鎌田氏と矢ケ崎氏が基調講演
本コラムは家田氏に絞って紹介しましたが、ほかに日本自動車研究所代表理事・研究所長(東大名誉教授)の鎌田実氏、東京女子大学現代教養学部教授の矢ケ崎紀子氏が基調講演。
鉄道にも造けいの深い鎌田氏は、JRで印象に残った出来事として、新幹線高速化やホームドア整備に代表される鉄道バリアフリー化の加速を挙げました。
矢ケ崎氏は、JR九州の「ななつ星in九州」に代表される鉄道各社の豪華列車が、訪日外国人旅行、日本人の国内旅行の双方で、日本の観光に新風を吹き込んだことを披露しました。
取材協力・土木学会
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