特集 JR九州 豪雨災害の肥薩線が鉄道復旧へ 最終合意への鍵、課題探る
2020年7月の豪雨災害で不通が続くJR肥薩線(八代―吉松間)。このうち八代ー人吉間(51.8㌔)について、国土交通省と熊本県、JR九州で構成する「JR肥薩線検討会議」では、今年4月の第7回会議で鉄道での復旧を目指す方向性について基本合意された。復旧費や持続可能性など難しい課題の解決に至った検討会議の経緯や24年度末の最終合意に向けた協議のポイント、鉄道復旧する場合の工事の課題を探った。(松尾 恭明記者)
復旧費や持続可能性など
国、熊本県と今年4月に基本合意
被害は甚大、全体で448ヵ所
同線は、豪雨災害により橋りょうの流失、大規模な土砂流入など甚大な被害が発生し、八代―吉松間で運転見合わせが続く。被害箇所は全体で448カ所に及び、うち419カ所が八代―人吉間に集中している。
鎌瀬―瀬戸石間の「球磨川第1橋りょう」(全長約205㍍)と那良口―渡間の「第二球磨川橋りょう」(約179㍍)は、いずれもほとんどの橋桁が流失。駅において最も被害の大きかった瀬戸石駅は、ホームや待合室が跡形もなく流された。
JR肥薩線検討会議は、河川や道路などの公共事業との連携の可能性も含めた復旧方法と、復旧後の同線の持続可能性などについて検討することを目的に発足。22年3月の初会合から7回の会議を経て、熊本県が提示した復興方針案を踏まえ、今年4月にJR九州と熊本県は「JR肥薩線(八代~人吉間)の鉄道での復旧に関する基本合意書」を締結した。
同社が示した概算復旧費約235億円については、国の災害復旧事業を活用する事業間連携により、159億円を国が負担することで、鉄道復旧費は約76億円に軽減。さらに鉄道軌道整備法に基づく災害復旧補助制度の適用で、同社負担は最大約25億円まで圧縮される見込み。
かさ上げ造成工事による高低差
鉄道復旧する場合の課題としては、まず治水対策の一環で、鉄道沿線に地域全体の造成高を上げるエリアがあり、従来通りでは鉄道との高低差が生じる。災害時に浸水した坂本駅周辺では地盤を約3㍍かさ上げする造成工事が進められている。
線路かさ上げに伴い、当然関係する橋りょうも高くする必要がある。一方で、線路をまたぐ道路橋に支障するケースも考えられ、単純にかさ上げできるものではない。現地の状況に応じて最適な復旧方法の検討が重要となる。
前述の流失した2橋りょうについては、河川整備基本方針に基づく計画高水位を満足させるために、第1橋りょうでは約1・1㍍のかさ上げと、それに伴う直近下り方の「鎌瀬トンネル」の上部拡幅が必要。第二橋りょうは同様に2・5㍍のかさ上げと、河川拡幅に伴い約100㍍延伸しなければならない。
また、坂本駅や被災しなかった白石駅の周辺は、ホームや線路が埋められ、工事用通路として活用されている。同様の区間は計21㌔(今年6月現在)に及び、活用後の周辺環境の変化によっては、無被害箇所でも新たに手を加える必要があるという。
復旧費が膨らむ可能性も
概算復旧費約235億円のうち、第1橋りょうと第二橋りょうの復旧費は、かさ上げや延伸、トンネル改築を含め計約125億円。その他区間の残る約110億円は被災前の原状復旧が前提だが、治水対策などに伴う線路かさ上げなどに応じて、さらに膨らむ可能性を残す。
なお、復旧開業後のまちづくり計画や鉄道の利便性を考慮すると、復旧工事に合わせて一部駅の位置を変更するといった検討も今後、地域との協議テーマになりそうだ。
■インタビュー
JR九州取締役・常務執行役員・総合企画本部長 松下琢磨氏
施策の実現性を高め、より深度化
「持続可能」モデル線区に
――基本合意に対する所感からお願いします。
松下 7回にわたる検討会議の中で、復旧費の負担に関して国から多大なご支援をいただけることが示されたこと、熊本県からは鉄道の持続可能性の観点で、上下分離方式という覚悟が示されたこと、日常利用、観光利用に向けたさまざまな施策をまとめていただいたことに対して、心より感謝申し上げたいです。
――災害直後はJR九州としてどのような認識でしたか。
松下 当時は肥薩線のほか久大本線、鹿児島本線を中心に九州全体で730件の被害が発生しましたが、特に肥薩線は被害状況が明らかになるにつれて、これは本当に大変な災害だと実感しました。
――発生から3カ月後には沿線自治体から早期復旧の要請がありました。
松下 交通ネットワークを担う責務を認識しており、復興方針をどのように定めていくのかをしっかり検討する必要があるため、国と熊本県に検討会議の場を設定していただきました。被害の大きさから、3者とも同じ認識だったと思います。
――どのような方針で検討会議に臨みましたか。
松下 復興方針を検討する中で、復旧費と持続可能性の2点が大きな課題でしたので、この点をしっかり検討しなければならないと、検討会議を通して繰り返し申し上げてきました。
また、鉄道復旧で検討していくという方向性はありましたが、その前にまず、沿線地域にどのようなビジョンを掲げるのか。それに対して、どのような交通体系がいいのか、それが鉄道だとすると、なぜ鉄道なのか。鉄道で復旧した時に便益があるのは誰なのか、それをどのような形で担っていくのかという手順で考えていくことが必要だということを申し上げてきました。
――鉄道復旧に対する慎重な姿勢も見られました。
松下 人口減少やモータリゼーションによって、お客さまの数はJR発足時から8割以上減少し、被災前の八代―人吉間は年間約6億円の赤字でした。持続可能性をしっかり担保するためにも急いで結論を出すのではなく、慎重に検討していく必要があると考えていました。
――基本合意に至った決め手はどのあたりでしょうか。
松下 (23年12月の)第5回検討会議で熊本県から復興方針案が示され、当社としてはそれをしっかり受け止めた上で、(今年2月の)第6回で観光利用だけではなく、日常使いが大事だという問題提起をさせていただきました。それに対して、第7回の場で熊本県がきちんと施策を示していただいたことですね。
この第6回と第7回の間に、当社側から社長と知事のトップ会談を呼び掛け、お互いに課題を認識し合い、詰めなければならない点を確認しました。やはりトップ同士が論点整理することは非常に大事なことです。
――熊本県が示した日常利用の施策をどのように受け止めましたか。
松下 ビジョンや具体的な取り組みの両方が示されたと思います。復旧開業まで10年近くある中で、鉄道がないことが当たり前とならないように鉄道に親しんでもらう、将来利用者となる子どもたちへの啓発活動やフィーダー交通を整備することなども示されました。
――24年度末の最終合意に向けた協議のポイントは。
松下 やはり日常利用と観光利用に向けて打ち出された施策の実現可能性を高めていくこと、より深度化していくことが大事です。また、開業後にどのような目標を掲げ、それに対してどのようなトレースの仕方をしていくのか、それにずれが生じてきた時にどのように修正していくのかまでを含めて考えておくことが大切だと思います。
――復旧開業後の姿をどのようにイメージされていますか。
松下 観光のお客さまで沿線に多くの交流人口が生まれるとともに、日常利用を含めて地域と当社が一緒に鉄道を支え、新たな鉄道の持続可能性を高めていけるようなモデル線区になってほしいですね。
(M)
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