交通ニュース・アイ LRT沿線からゼロカーボンシティに挑戦 宇都宮市など 国の脱炭素先行地域に
国内75年ぶりの路面電車新線――これはもちろん、8月26日に開業した「芳賀・宇都宮LRT」(宇都宮芳賀ライトレール線)のこと。バリアフリーの高性能車両は、走行中の騒音・振動が少なく、乗り心地もグッド。マイカーからのモーダルシフトで、道路渋滞を緩和し環境改善につなげます。
LRTでもう一つの注目点は、宇都宮市と栃木県芳賀町が、開業を機に脱炭素型まちづくりに向けて本格的に取り組み始めたことです。本コラムは、LRT沿線からのゼロカーボンシティ実現を目指す、沿線地域の挑戦を追いました。
再エネ100%LRT走る
近未来の沿線 約150台のEVバスも
乗客の皆さんが意識することはないはずですが、実は芳賀・宇都宮LRTは太陽光発電やバイオマス発電といった、100%再生可能エネルギー(再エネ)で運行されます。
自治体と民間が脱炭素化推進協定
宇都宮市、芳賀町、宇都宮ライトレール、地域新電力会社の宇都宮ライトパワーの4者は開業前の今年7月、「脱炭素化推進に係る連携協定」を締結。LRT運行のために必要な電力を全て再エネで賄うため持続的な供給体制構築を確認しました。
宇都宮市や地元地方銀行などが共同出資して21年7月に設立された、宇都宮ライトパワーは再エネの地産地消が企業目標。沿線施設などから余剰電力を買い取り、LRTに供給します。
地域住民や来訪者は、移動にLRTを利用することで、主体的に環境負荷軽減に貢献できます。これこそが同市などが掲げる「LRT沿線から始まるゼロカーボンシティの実現」。移動に絞った、「ゼロカーボンムーブ」も追求します。LRTは、「ゼロカーボントランスポート」とも称されます。
再エネ100%は交通業界のトレンド。交通新聞でキーワード検索すると(「実質ゼロ」で検索)、JR東日本が20年10月に「二酸化炭素(CO2)排出量実質ゼロ」を目標とする環境長期目標「ゼロカーボン・チャレンジ2050」を打ち出すなど、最近は環境目標として設定する事業者が増えています。
ゼロカーボンの対象は多くは、鉄軌道単体ですが、宇都宮の場合は沿線総ぐるみというのがポイント。LRT開業を機に、エリア全体で先進環境地域づくりを目指す行政の姿勢を示します。
NTTグループの再エネ発電会社が参画
ゼロカーボンムーブは行政と宇都宮LRTだけで実現できません。ほかに参画するのはNTTアノードエナジー、東京ガスネットワーク、東京電力パワーグリッド、関東自動車の4社(東京ガスと東電は地元支社)。私がLRT沿線の取り組みを知ったのも、NTTアノードエナジーの事業説明会への参加からです。
NTTアノードエナジーは、NTTの全額出資子会社で、19年6月に設立。再エネ発電事業を柱に、太陽光・バイオマス発電のほか、風力発電や地熱発電にオールラウンドで取り組みます。
LRTとともに地域公共交通を受け持つのが関東自動車で、宇都宮市に本社を置くバス会社。12年に地域公共交通事業を手掛ける、みちのりホールディングスの傘下に入りました。
みちのりホールディングスと東京電力ホールディングスは昨年8月、宇都宮エリアのバスのほぼ半数に当たる158台を30年度までにEV(電気自動車)バスに置き換える計画を公表しています。
バスは段差のないノンステップ・フルフラットタイプ、大手自動車メーカーを中心にした国産企業が連合を組んで車体供給します。
当初は年間5台程度のペースで増備し、最終的に年間30台程度に引き上げます。導入経費には、経済産業省の補助事業を活用します。
カーシェアやシェアサイクルも活用
ゼロカーボンムーブのもう一つの着眼点が、マイカーのEV化。宇都宮市などは民間にEV採用を働き掛けるほか、充電設備の整備に取り組みます。EVは高額な車両価格がネックですが、EVカーシェア車の普及など、ハードルを下げることで脱炭素化の実効性を確保します。
電動キックボードやシェアサイクル(貸自転車)も、ゼロカーボンムーブの促進策。ソフト面では21年3月にサービス開始した、交通系ICカード「totra(トトラ=トータルトランスポーテーション〈総合的に輸送〉から命名)」を活用して、いわゆるバス乗り放題の交通サブスクに類似する上限・乗り継ぎ割引運賃を設定します。
トトラは、Suica技術を軸とした地域連携ICカード。その点では、JR東日本も間接的にゼロカーボンムーブを後押しします。
ゼロカーボンは、移動だけにあらず。LRT沿線には宇都宮大学陽東、作新学院大学清原の二つキャンパスがありますが、両大学のほか、公共16施設と民間23施設、住宅1533戸も太陽光発電を採用。宇都宮LRTと同じく、30年度までに民生部門(家庭、オフィスなど)の電力由来のCO2排出量実質ゼロを達成します。
昨秋、環境省の脱炭素先行地域に
国レベルで地域の脱炭素化を推奨する取り組みが環境省の「脱炭素先行地域」で、22年度に創設されました。宇都宮市などのゼロカーボンシティは22年11月の第2回で有効認定。余談ですが、アノードエナジーは同時認定された全国20地域のうち5地域に、提案者などとして名を連ねます。
鉄道事業者などでは、22年4月の初回で阪神電気鉄道(兵庫県尼崎市)、今年4月の第3回で東武鉄道(栃木県日光市)とJR西日本・日本旅行(松江市)が認定を受けています。
ゼロカーボンムーブに磨きを(佐藤宇都宮市長)
交通新聞で紹介の通り、芳賀・宇都宮LRTは通常ダイヤ初日の8月27日、予想を大幅に上回る約1万9000人が乗車。その後も、快走が続きます。
今後は車両基地に太陽光発電設備を整備するほか、沿線に車両が発電した電力を貯蔵する蓄電池を配備して、〝エネルギーロス〟をなくします。
芳賀・宇都宮LRTが成功すれば、全国には鉄軌道輸送に再注目する自治体も出現するでしょう。宇都宮市の佐藤栄一市長は、「30年ほど前、悪化する一方だった道路渋滞を緩和しようと発想されたのが芳賀・宇都宮LRTの原点。100年後も都市が続くために、今後もゼロカーボンムーブに磨きをかけていく」と話します。
■長く賛否両論が相半ば
LRT開業まで 道のり振り返る
宇都宮駅東口―芳賀・高根沢工業団地間14・6㌔を結ぶ芳賀・宇都宮LRT。開業までに紆余(うよ)曲折があったことは、多くの方が知る通りです。歩みをたどりました(文中の役職などは当時のままとします)。
宇都宮駅から工業団地まで1時間半
東京から宇都宮まで東北新幹線で1時間足らずなのに、宇都宮駅から工業団地までは道路が混んで1時間半――。かつての栃木県都の交通事情が、LRTの必要性を物語ります。
93年に渡辺文雄栃木県知事が、「新交通システムの勉強を始める」と発言。賛成と反対が交錯する中で、04年の統一地方選挙で推進派の福田富一知事と佐藤栄一宇都宮市長がそろって当選。しかし、07年に路線が一部競合する関東自動車が計画から一時離脱するなど(14年までに復帰)、地域が一枚岩になるには10年以上の時間が必要でした。
13年3月には、宇都宮市が「東西基幹公共交通の実現に向けた基本方針」を策定。「LRT整備に合わせてバスネットワークを再構築。拠点間をLRTやバスの公共交通でつなぐ」「過度に自動車に依存することなく、誰もが自由に移動できる地域づくりを実践する」が一定の支持を受け、世論を「LRT推進」に向けたのでした。
18年3月に認可5月に起工
法制面では、18年3月までに軌道法上と都市計画上の事業認可。同年5月の起工式の後、一部用地取得が難航して予定より1年余遅れたものの「23年8月開業」のスケジュールが固まりました。
21年5月~22年6月に車両搬入、22年11月から試運転が始まりました。そして今年6月2日、「8月26日開業」が正式にアナウンスされました。
全国各地に、LRTをはじめとする新しい公共交通の待望論が広がります。しかし、鉄軌道に限れば、06年4月開業の富山ライトレール(企業としては20年2月、富山地方鉄道に吸収合併)、今回の宇都宮LRTだけで、この間に約17年を要しています。
LRTは建設までに長い期間を要し、多額の建設費や運営費を必要としています。「LRTが開業しても恩恵を受けるのは沿線だけ」が、反対論の典型です。
当初は反対も強かった宇都宮にLRTを誕生させたのは、行政トップの明確な意思表示。もう一つ見逃せないのは、LRT推進の旗を振る「雷都レールとちぎ」をはじめとする市民団体です。
佐藤宇都宮市長は、「LRTが開業して、ようやくスタートラインに立てた」のコメントを発表しましたが、まさにその通り。芳賀・宇都宮LRTの成否を、後に続く全国の自治体が注視しています。
取材協力:NTTアノードエナジー、横浜にLRTを走らせる会
■筆者紹介■ 上里 夏生(こうざと・なつお)。42年間在職した交通新聞社を2019年に退職。現在は交通ジャーナリストとして鉄道、観光、自動車業界の機関誌やインターネットメディアに寄稿。モットーは「読んだ方が鉄道をもっと好きになる記事やコラム」。なお、本稿は交通新聞とは直接関係ない筆者の見解である。
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