交通ニュース・アイ 住民自ら路線バスを走らせる 千葉県柏市と横浜市泉区の挑戦から
昨今の路線バスの苦境については、改めて紹介する必要もないでしょう。燃料高騰とドライバー不足がダブルパンチになって、路線廃止や減便は今やニュースにもならないほどです。
しかし、運転免許を持たない(免許返納した)シニアにとって身近なバスは暮らしの命綱。「バス会社が路線開設してくれないなら、自分たちで走らせよう」と考える人たちもいます。千葉県柏市と横浜市泉区で、住民自らが企画・運行した路線バスの取り組みを追いました。
■千葉県柏市
住宅団地に住民主導のコミュニティバス登場
-クルマ持たぬシニアの命綱-
秋葉原から首都圏新都市鉄道のつくばエクスプレス(TX)で38分。柏市北部の柏たなか駅周辺には、ニュータウンの街並みが広がります。
駅前広場に一般の路線バスに比べて、やや小型のバスがやって来ました。前面窓下には、「柏ビレジコミュニティバス」のシール。私を含め5人ほどの乗客を乗せて発車しました。
地域公共交通は衰退の一途
先月から自治会が運行するコミュニティバス(コミュバス)が登場したのは、柏市北部の「柏ビレジ」という住宅地。TX柏たなか、柏の葉キャンパス、JR常磐線北柏の3駅に囲まれ、東京ドーム約13個分に相当する約63㌶の住宅地に一戸建て約1500戸が建ち並び、およそ4000人が暮らします。
65歳以上の高齢化率は56%。今後、急速に高齢化が進むことを考えれば、コミュバスは文字通り〝地域の命綱〟と呼べる存在です。
地域の交通事情を少々。柏ビレジからの路線バスはTX柏の葉キャンパス、JR北柏の両駅だけで、TX柏たなか駅へのバス便はありません。柏ビレジから柏たなか駅へは徒歩30分以上。免許返納したり、マイカーを持たないシニアはタクシーを呼ぶしか移動手段がありませんでした。
プロジェクト立ち上げから3年
ビレジ自治会は当初、バス事業者や柏市に依頼してコミュバスを走らせる方針でした。しかし、既設路線と競合するコミュバスに対し、バス会社は「全面賛成」とは言いにくいのが本音。自治会は、バスを自分たちで運行することにしました。
コミュバス運行に向けたプロジェクトチームの立ち上げは2021年で、道路運送法の勉強から活動を開始。翌22年11月には、1カ月間の実証実験にもチャレンジしました。
先月登場のコミュバスは起点(始発)が柏たなか駅、終点が大型ショッピングセンターのモラージュ柏。途中、13カ所の停留所を設けました。
ダイヤは、柏たなか駅発で10時40分から17時25分までで、柏ビレジ経由で柏たなか駅―モラージュ柏間を往復する8本と、柏たなか駅―柏たなか駅間を巡回する1本。通勤通学に利用しにくい時間帯で、利用はほぼ住民の買い物や病院への通院に限定されます。
運行会社は複数社と交渉の結果、柏市に隣接する我孫子市に本社を置くアビコ西武観光に決定。バスは28人乗りの中型車で、車体ステッカーで表示します。
1セット10枚の回数券方式で1100円、大人2枚、子ども1枚で乗車できます。現金やICカード乗車券は使えません。2万2000円(1人用)、3万3000円(夫婦用)の年間パスポートも発行します。
バスに乗れない…助け船が現れた
先月初旬、柏たなか駅に行ってみました。
駅前に、コミュバスがやってきました。現金で乗れないのは分かっていたので、写真だけ撮って帰ろうと思ったのですが一応、運転手さんに「現金では乗れないんですね」と声を掛けてみると、「申しわけありません」。
ところが、助け船が現れました。先に乗っていたお客さんが回数券を持っていて、私に売ってくれたのです。
コミュバス回数券の扱いは、今のところ柏ビレジ自治会とコンビニ1店舗だけ。いきなり柏たなか駅からバスに乗ろうと思っても不可能です。
こうした課題は、柏ビレジ自治会、アビコ西武観光のいずれも認識しているようで、ドライバーさんの話では、バスに運賃箱がないためすぐにというのは難しくても、ゆくゆくは現金で乗 車できるようにする方針です。
もう一つの課題は運行日で現在、バスが走るのは火、木、土曜日の週3日。週3日限定と聞くと心配になりますが、そこは住民側も融通を利かすようです。
そして、最大の問題点が資金面。運行経費は年間1000万円程度で、乗客の支払う運賃だけではとてもペイしません。自治会は地域に支援企業を募り、運行開始時点では29社・団体が名を連ねます。
運賃と支援金で足りない分は、柏市に助成を要請。これもドライバーさんの話ですが、取りあえず3年間の運行を目指すそうです。
利用して感じたのは、ビレジ住民でないと乗車できないハードルの高さ。一方で、住宅の庭先の停留所にもバスを待つ人がいて、コミュバスが受け入れられる様子も感じ取れました。
■横浜市泉区
8年前の失敗にめげず新路線開設を目指す
-鉄道補完するバスに期待-
もう一つの住民主導のバス路線が横浜市泉区の緑園地区。市民有志は17年末~18年春、周回バスを実証運行しました。
想定ほどの利用がなく、実験成功とはいかなかったものの、その後も新規路線開設・定着を目指します。市民まちづくりグループ「緑園バス運行推進協議会」の活動を追いました。
「坂道がキツい」周回バスに需要
ニュータウンらしい名称の緑園都市。地域の中心・相鉄いずみ野線緑園都市駅は東京から35㌔圏。横浜(駅)から23分、相鉄・JR直通線や相鉄・東急直通線で、渋谷からも50分足らずで到着できます。
駅は1976年に開業しました。緑園都市は総面積約122万平方㍍、計画人口1万8000人。谷状の地形で、底の部分に駅、銀行、郵便局、スーパー、病院があります。
「行きはよいよい、帰りは恐い」。移動手段に疑問を感じた市民有志は2011年末、「緑園バス運行推進協議会」を結成。翌年には横浜市の地域まちづくりグループに登録・認可され、活動が本格化しました。
推進協は、住民アンケートを基に「周回バスには一定の需要がある」と判断。地域に路線を持つ相鉄バス、神奈川中央交通に横浜市道路局も交えて協議を重ねました。
その結果、①主な乗客は高齢者、子育て世代、障がい者②通勤・通学時間帯を避けた昼間時間帯に運行――の2点を柱にルートやダイヤを編成しました。
「自宅前の停留所はお断り」
周回バスの運転時間帯は9~17時台で、1時間1~3本を運行。運賃は一般路線バスと変わらない1乗車180円(当時)としました。大手バス会社なので、ICカード乗車券も利用できます(ICの場合は175円)。緑園都市駅を起終点に、地区ごとに停留所を設定する方針でした。
ここまでは比較的順調。ところが、ルート選定で困った事態が発生しました。それは「停留所の設置」。周回バスそのものに賛成でも、自宅前に停留所が設置されるとなると抵抗を感じる住民が多かったのです。
結果、停留所のほとんどは駐車場か学校、集合住宅(アパート)の前。推進協は当初、山手線や大阪環状線のように内回りと外回りの両方向を走らせる予定でしたが、停留所が思うに任せず、最終的には一方向になりました。
利用者は想定未満、だが失敗にはあらず
本来の形でなかったものの、推進協は15年12月~16年2月(相鉄バス)、16年2~4月(神奈中)の2期に分け周回バスを実証運行しました。
運行前、住民アンケートなどから1便当たり30人程度の利用を見込んでいましたが、実際に乗車したのは10人前後。採算ラインに届かず、実証期間終了と同時にバスも運行を終えました。
ここまでお読みいただいた皆さん、実験結果をどのように受け止められたでしょうか。私は、「惜敗」と総括したくなりました。
推進協は利用が思ったほど伸びなかった理由を、「利用客(=地域住民)が周回バスのメリットを感じられなかった」に集約しました。
「バス停が思うように設定できず、駅から徒歩ではキツい住宅地までバスが入れなかった」「運行期間が5カ月間と短く、地域に浸透できなかった」と反省の弁。実証運行から8年が経過した現在、「実験が5年早かった」と冷静に分析できるようになりました。
もちろん成果もありました。鉄道路線を補完するルートのバスには、一定の需要があることが判明しました。
地域の中核駅が二俣川(旭区)。相鉄本線といずみ野線の分岐駅で、横浜や新宿・渋谷方面のほか、海老名や湘南台にも直行できます。
推進協が現在、計画するのは相鉄バスが運行する緑園都市―二俣川間の路線の強化。バスを増発するとともに、停留所も増やして利便性を向上させる作戦です。
地域住民からは、「国際親善病院やスポーツセンター(いずれも泉区)に行きたい」の要望が寄せられ、これに応える形で新路線を開設する意向です。推進協を発展的に改組する「新路線開設協議会(仮称)」は、「今度こそ、地域住民に評価されるバス路線を開設したい」と意気込みます。
緑園都市周回バスと推進協メンバー。「幹線道路は大手バス会社、地域内の細かい路線は住民主体と役割を分けることが成功のポイント」と総括します(画像・横浜市)
取材協力・横浜の公共交通活性化をめざす会
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