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特集 「たぬき」が見守る 山あいの駅 ~大井川鐵道神尾駅を訪ねて~

2024.05.14
神尾駅ホームの「たぬきの置物」。列車の安全安定輸送を見守り続けている

 たぬき駅化計画で誘客

 静岡県島田市に本社を置き、大井川流域の大井川本線金谷―千頭間、井川線千頭―井川間での鉄道事業を営む大井川鐵道。昔懐かしいSLや大手民鉄で活躍した名車による列車運転は、鉄道ファンをはじめ多くの観光客の人気を集める。同社では今年1月から、本線のさらなる魅力付けの一環として神尾駅の「たぬき駅化計画」に着手した。山あいの無人駅を静かに見守り続けるたぬきの置物に、カメラを手にした来訪者の姿が見られる。

 

 門出駅を出発すると、それまでの住宅地などの風景から山あいを縫うようになった。しばらくすると列車は神尾駅に到着した。1面2線のホームに降り立つ。駅東側の眼下に望む大井川の流れは日本の原風景そのもの。ゆっくりとした時間(とき)だけが過ぎていく。

 山の中腹部に位置する神尾駅は無人駅だが、門出駅側のホーム端にたぬきの置物が3体、のり面にも多くのたぬきの置物があった。1日上下各4本が発着する列車を見つめるたぬきに、どこか不思議な世界を感じる。

 神尾駅のたぬきの置物は、同社の初代SL専務車掌だった石原〆造さん(故人)が乗客から寄進されたお金(チップ)をもとに、信楽焼のたぬきの置物を同駅に設置したことが始まりとか。その後、噂を聞きつけた全国各地の収集家などから、たぬきの置物が同社に寄贈され、その数、大小合わせて約40体にも上る。

 

 〝他を抜く〟 ご利益に期待

 SL運転やユニークな駅リニューアルなどで話題を集める同社では、観光路線としての新たな誘客策として神尾駅の「たぬき駅化計画」に今年1月から着手した。ちなみにたぬきは「他を抜く」とも言われ、勝負事などにも縁起が良いとされている。鉄道の地方線区における経営状況が厳しさを増す中での起爆剤に――と同社ではたぬきのご利益に期待を寄せる。

 さまざまな表情を見せるたぬきの置物。ホーム近くには、体の一部が金色に塗られた「ゴールデンたぬき」も置かれている。同社では駅名標を金色ベース、赤い文字のデザインに一新した。

 「たくさんのたぬきで埋め尽くして幸せいっぱいの駅となるよう目指していきます」と同社ではPR。訪れたこの日もカメラを手にした観光客が列車から降りていった。

 

 人気〝開運〟たぬきっぷ

 神尾駅の「たぬき駅化計画」に合わせて発売しているのが、企画乗車券の「開運たぬきっぷ」。金谷―神尾間1日乗り放題で大人880円、子ども440円。

 金谷駅、新金谷駅、家山駅、新金谷駅前SLセンター(プラザロコ内)、「TOURIST INFORMATION おおいなび」(門出駅隣接)で取り扱っている。

 また、合格、門出、神尾駅の入場券(ランダムで1枚)と、おみくじをセットした特別なガチャ(1回200円)をプラザロコで発売。たぬきのイラストが特徴で、中には「駅名が金色に箔(はく)押しされた合格駅」の入場券もあるという。運試しに購入してみるのもいい。

 

 レトロ感ある多彩な車両 大井川鐵道

 大井川鐵道では、レトロ感あふれるSLや大手民鉄各社で活躍した車両が今も〝現役生活〟を送っている。

 本線用の蒸気機関車は6両あり、C10形8号機、C11形190号機の2機が運用中。C11形227号機、C56形44号機、C12形164号機は運休。C56形135号機はクラウドファンディング資金をもとに動態化に向けて整備中だ。C12形164号機は新金谷駅構内の転車台で屋外展示されている。電気機関車は3両でE10形、E31形が運用中、ED500形の運用は休止している。

 電車は、近畿日本鉄道南大阪線で活躍した16000系、南海電気鉄道高野線の急行・特急用として一世を風靡(ふうび)した21000系、東急電鉄や十和田観光電鉄で運用された7200系があり、各駅停車の普通列車として沿線住民の通勤・通学輸送を担う。

 客車は昭和初期に製造された旧国鉄車両をラインアップし、SLがけん引する。タイムスリップしたような古めかしい車内空間は団体観光ツアー客の人気を集めている。

 

 待たれる早期の全線復旧

 2022年9月の台風で甚大な被害を受けた大井川鐵道。昨年10月に本線家山―千頭間のうち家山―川根温泉笹間渡間が復旧。金谷―川根温泉笹間渡間での運転を再開したが、千頭までの運転再開の見通しは立っていない。

 全線復旧に向けた昨年秋の国、沿線自治体、同社などによる検討会では、復旧費用概算として約22億円、同社負担額は約8億4000万円と試算された。土砂流入などは24カ所で確認され、13カ所が下泉駅から田野口駅の間に集中しているという。[[家山―千頭間で代行バス]] 家山―千頭間では、地元によるコミュニティバス(代行バス)を運行。バスは家山駅の列車到着などに合わせて設定されている。

 また、井川線は鉄道施設点検のため接岨峡温泉―井川間での運転を見合わせており、千頭―接岨峡温泉間での折り返し運転を行っている。

 観光誘客の面からも早期の復旧が待たれる。

 

 ユニーク駅名人気スポットに 門出駅、合格駅

 2020年11月、大井川本線五和―神尾間に「門出(かどで)」駅を開業した。緑茶・農業・観光の体験型フードパーク「KADODE OOIGAWA(かどでおおいがわ)」の新設に合わせたもので、物販・飲食施設も併設。蒸気機関車の車体、石炭の色をイメージした「SLソフト」が人気。

 合格駅は、地元団体「チームおもしろ五和駅」の地域活性化活動に合わせて、五和(ごか)駅から改称。駅舎内に地蔵尊を安置して受験生などの合格祈願スポットとして有名になった。

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