特集 交通協力会主催「2023年度 交通講演会」 講演「地形図でたどる鉄道史 地図研究家」今尾惠介氏
日本で最初の地形図は、明治13年に整備が開始された2万分の1「迅速測図」で、西南戦争の教訓を生かし、文字通り迅速に作成されました。三角測量はしておらず経度・緯度の表記はありません。明治24年修正「麴町区」には、新橋停車場付近の鉄道記号が単線は二重線、複線区間は三重線で描かれています。鉄道ターミナルの名称として、東京の起点に橋の名前を採用したのは、おそらく英国ロンドンの事例を参照したからでしょう。
今話題の高輪築堤は、さまざまな反対のために海に造ったとされていますが、先ほどの迅速測図「麴町区」にも描かれているように、この付近は西側に崖が迫り、その下は東海道と両側の家並みが密集して線路を敷く余地がほとんどなく、地形や土地利用の観点から見れば、遠浅の干潟での築堤という選択は不自然ではありません。
東京と京都(大阪)を結ぶ経路について、当初お雇い英国人技師のボイルは、出身地アイルランドやイングランドの比較的平坦な土地感覚もあったのか、本州の中央を通る中山道経由を推しました。日本の海沿いは海運も発達していることから、むしろ列島の中央に幹線を敷いて、両側に支線を延ばすことで効率の良い鉄道網が形成できると判断したようです。しかし実際に経路を測量してみると、その険しい地形での鉄道建設が相当な難事業であることが判明、3年後には東海道経由に変更しました。
黎明期の鉄道ルートには一見不自然な箇所もありますが、たとえば東海道線の豊橋―岡崎間。岡崎駅が町から遠い場所に設置されたため「忌避伝説」が生まれました。三河に薩長政府の造る鉄道など不要、汽車の騒音や煙害を懸念といった理由が伝えられていますが、旧東海道沿いの名鉄名古屋本線は最急勾配が16・7パーミルに対して、蒲郡経由は少し遠回りながら10パーミルで、蒸気機関車牽引の条件としては理にかなっていることがわかります。このように、平面図では一見不自然でも縦断面図を見れば納得できるものは多く、中央本線の塩山経由や辰野付近の大回りも、当時の土木技術ではこの線形しかないことが分かります。
難問だったのが信越線の碓氷峠で、普通の勾配ではとても線路を通せません。後に鉄道大臣となる仙石貢の提案により、横川―軽井沢間は幹線として世界的にも異例なアプト式で開通しますが、低速の蒸気機関車が26ものトンネルを通過するため煤煙対策が必要でした。大正5年の5万分の1地形図「軽井沢」には、トンネル入口付近に隧道番小屋が見えます。ここに住み込んだ職員が列車の通過直後に「煙止幕」を引いていました。
日本で最初の電車による営業運転は、明治28年の京都電気鉄道(後の京都市電)で、その後名古屋、東京、大阪など各地の都市内、都市間鉄道として発展、工業化、近代化の推進とともに乗車人数も増加、人々のライフスタイルを変えていきます。
大正期に入ってサラリーマン層が急増、子弟への教育熱も高まったため鉄道会社は住宅地建設と学校誘致に力を入れるようになりました。東急電鉄の前身も積極的な学校誘致で知られていますが、昭和29年の沿線案内図には学芸大、都立大、東京工大、小山台高校などが描かれています。昭和30年修正の1万分の1地形図「日吉」には、日吉駅東口に自社が寄贈した土地23㌶の慶應義塾大学と西口に開発した住宅が描かれていますが、通勤通学客の急増により、寄贈を上回る収益に結びつきました。
また、観光開発や住宅開発が盛んになると、各私鉄は競って沿線の案内絵図を刊行、昭和10年代の京王電気軌道では京王線を赤い太線でアピール、競合する中央線はなぜか蛇行させて描き、いかにも不便に見せています。関西でも昭和戦前期の阪和電気鉄道、南海鉄道の双方の沿線案内図にはライバル線が描かれていません。
戦後、高度成長期には、大都市圏での人口増加が進み、私鉄の輸送量も急増する一方、逆に地方の私鉄は自動車の普及の影響で衰退していきます。貨物輸送は昭和30年には輸送分担率(トンキロ)が53%と陸上交通の多くを担っていましたが、自動車交通の普及や高速道路の開業などの影響から現在では5%程度となり、輸送体系も車扱いからコンテナ中心に転換しました。操車場はすべて廃止され、昭和52年の5万分の1地形図「野田」に描かれていた最新鋭の武蔵野操車場(三郷―吉川間に昭和49年竣工)は平成30年の地理院地図では新三郷駅を中心とした「新三郷ららシティ」という再開発地区に変貌しています。
海外の鉄道に目を向ければ、行き過ぎた自動車社会を是正しようとする動きも出てきました。スイス東部のフェライナトンネルの建設が象徴的ですが、高速道路案と鉄道トンネル案かで住民投票があり、圧倒的多数で鉄道トンネルに決定しています。またスイスアルプスを貫く57・1㌔のゴッタルド基底トンネルも2016年に完成、これにより輸送時間の短縮とCO2の削減が実現されました。昨今の欧州では、短距離航空路線の廃止と寝台列車の復活など、環境保護的な視点からの鉄道シフトの取り組みが目立ちます。
ヨーロッパでは、公共交通インフラが「赤字」という発想をあまりしませんが、日本では道路の採算性は問われない一方で鉄道には厳しく独立採算が求められてきました。公共交通機関の在り方を改めて考えるべき時ではないかと思います。
検索キーワード:東急
299件見つかりました。
201〜220件を表示
-
2024.02.22 JR東日本グループ 予定・計画・施策
今年は6社に拡大 「駅そば6社SNSフォトコンテスト」
JR東日本クロスステーションフーズカンパニー、京急ロイヤルフーズ、小田急レストランシステム、レストラン京王、東急グルメフロント、メトロプロパティーズの6社は3
-
2024.02.20 民鉄・公営・三セク 決算・財務
24年3月期第3四半期決算 東急
【東急】 連結売上高7289億100万円(前年同期比8・7%増)、営業利益692億6100万円(89・1%増)、経常利益726億9600万円(91・8%増)、
-
2024.02.20 民鉄・公営・三セク 予定・計画・施策
東急 5Gサービスを東急線沿線に拡大
東急は、東急電鉄とSharing Designとの協力で、基地局シェアリングによる5Gサービスを東急線沿線に拡大する。
-
2024.02.13 民鉄・公営・三セク 決算・財務
東急 24年3月期第3四半期決算
東急は9日、2024年3月期第3四半期決算を発表、交通事業 やホテル・リゾート事業を中心に、利用者数の回復が見られたことなどで、連結売上高は7289億100万
-
2024.02.13 民鉄・公営・三セク 予定・計画・施策
相鉄 3月16日ダイヤ改正
相模鉄道は3月16日にダイヤ改正を実施する。相鉄・東急新横浜線開業1周年を受けて利便性・快適性の向上を図る。朝時間帯に西谷→横浜間を増発して混雑を緩和。
-
2024.02.09 民鉄・公営・三セク 予定・計画・施策
東急 訪日客向け 域内周遊デジタルパスの実証実験
渋谷での消費拡大へ 東急と、資本業務提携先であるWAmazing(東京都台東区)は今月から、渋谷区観光協会の協力を得て、訪日客を対象にしたインバウンド向け域内
-
2024.02.09 民鉄・公営・三セク 予定・計画・施策
東急 工事現場の仮囲いでアート作品 スタートアップ支援でNFT化 東京・渋谷で
東急と、スタートアップ育成機関のシブヤスタートアップス(東京都渋谷区)は、スタートアップ支援の実証プロジェクト第1弾として、渋谷発のストリートアートデジタルマ
-
2024.02.09 民鉄・公営・三セク 予定・計画・施策
東急電鉄など 乗降監視用映像にAI画像解析技術を活用
東横線2駅で実証実験 ワンマン運転補助に 東急電鉄とパナソニック コネクト(東京都中央区)は今月から、東横線都立大学、多摩川の両駅で、乗降監視用映像にAI(人
-
2024.02.09 民鉄・公営・三セク 予定・計画・施策
京急 100%再エネ由来電力での運転開始 4月から
京浜急行電鉄は4月1日から、全線で運行に使用する電力を100%再生可能エネルギー由来の電力に置き換え、実質的に二酸化炭素(CO2)排出量ゼロで運転する。
-
2024.02.09 民鉄・公営・三セク 予定・計画・施策
東急 中目黒の高級ビンテージマンションをフルリノベーション
自由な発想で新たなワークスペース創出 オフィス主体の複合施設に 東急と東急Re・デザインは、東急が管理する東京・中目黒の高級ビンテージマンションをフルリノベ
-
2024.02.09 JR東海 予定・計画・施策
JR東海 「もれなく富士山キャンペーン」展開中
「EX旅先予約」など設定 JR東海は、主に静岡県内で富士山を堪能しながら楽しむ観光プランを用意した「もれなく富士山キャンペーン」を展開している。
-
2024.02.09 民鉄・公営・三セク 予定・計画・施策
東急不動産 「新宿駅西口地区開発計画」に正式参画
小田急電鉄と東京地下鉄(東京メトロ)が推進する「新宿駅西口地区開発計画」に東急不動産が共同事業者として正式参画することが決まった。
-
-
2024.02.06 その他業種分類 コラム・企画類
墨滴 2月6日付
最初に聞いた時は耳を疑った。東急の観光列車「THE ROYAL EXPRESS」(ザ・ロイヤルエクスプレス)が四国を走る――。だが、本当にやって来た。