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交通ニュース・アイ ポストコロナに鉄道の針路は 機能分散型の沿線まちづくり

2023.06.14
3棟に分かれる「渋谷スクランブルスクエア」のうちトップを切って19年に竣工・開業した東棟。地上47階、高さ229㍍、渋谷で最高層です

 今月は「ポストコロナの鉄道事業者の沿線まちづくり」という、若干振りかぶったテーマで考えました。新型コロナの法令上の位置付けは、5月8日から季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行。名目上は平時に戻りましたが、テレワーク普及などで輸送需要は完全に元に戻らないというのが、大勢の見方です。

 日本の鉄道事業者は高度成長期以降、沿線開発して輸送需要を増やし成長を遂げてきたわけですが、今後もそうしたビジネスモデルが成り立つのか。コロナ後の針路を考察しました。

 求められる新しい視点のTOD

 重み増す「エリアマネジメント」

 ポストコロナの鉄道沿線まちづくりを考えるキーワードが「TOD」です。「Transit Oriented Development(トランジット・オリエンテッド・デベロップメント)」の頭文字で、日本語では「公共交通指向型開発」とも訳されます。

 

 TODが最も成功した東京

 TODは、米国の都市プランナーのピーター・カルソープが1990年代に提唱。鉄道に代表される大量輸送型公共交通の路線や駅を中心に、地域形成や土地利用が進む都市開発のパターンで、東京は世界で最もTODが成功した都市とされます。

 コロナ禍前の数字ですが、人口3500万人の東京圏は、3割に当たる1000万人強が鉄道利用者で、これだけ鉄道が使われる巨大都市はほかにありません。東京は、「トランジット・メトロポリス(鉄軌道が機能する巨大都市)」という性格を持ちます。

 なぜ、東京がトランジット・メトロポリスになれたのか。長く続いた東京一極集中はプラスマイナス両面が指摘されますが、少なくとも東京圏の鉄道整備では最大の原動力になりました。

 東京圏の国鉄や大手私鉄は、戦前のうちに骨格の路線網を形成。戦後も一貫して輸送力増強に力を入れました。代表例は国鉄の〝5方面作戦(65~71年度)〟。神奈川、多摩、埼玉、茨城、千葉の各方面を対象に、客貨分離(客車列車と貨物列車の運転ルート分離)、複々線化、快速運転、列車の長編成化などに取り組みました。

 その後、国鉄や私鉄各社は、東京都心の地下鉄との相互直通運転・乗り換え解消による利便性向上に鉄道整備の中心を移し、利用促進とともにラッシュ時の混雑緩和に成果を上げました。

 コンパクトシティーで郊外駅を地域拠点に

 しかし、東京圏の人口は既に頭打ちで、今後は減少傾向に転じるのが必至。鉄道プロジェクトは、より整備効果を精査する必要があります。

 そこに襲いかかったのが新型コロナ。経済再生が急がれる中で、日本の鉄道事業者に期待されるのは従来とは視点を変えたTODの担い手の立場なのかもしれません。

 従来の東京圏は東京都心一極集中でした。しかし、今後は郊外駅を地域拠点とし、駅周辺に公共・商業施設を集めるコンパクトなまちづくり(コンパクトシティー)への転換が求められます。

 コンパクトシティーに対応した沿線まちづくりはJRや私鉄各社に共通する点ですが、ここでは代表例として東急田園都市線を考えます。

 田園都市線の起点は渋谷。最近の渋谷は、2012年開業の「渋谷ヒカリエ」を手始めに、「渋谷ストリーム」(18年9月開業)、「渋谷スクランブルスクエア」(一部開業済み。27年度に全面開業予定)と、東急のプロジェクトがめじろ押しです(渋谷スクランブルスクエアはJR東日本や東京地下鉄〈東京メトロ〉との共同事業です)。

 東急は、渋谷を「日本一訪れたい街 渋谷」とします。このフレーズは渋谷への一極集中を連想しますが、同社では「日本一住みたい沿線 東急沿線」「日本一働きたい街 二子玉川」のビジョンも描きます。

 二子玉川のオフィスで働いた後は、渋谷でショッピング。東急沿線のマイホームに帰るといったライフスタイルを描き、東急グループ全体として移動・生活手段を提供します。

 渋谷と二子玉川以外にも田園都市線沿線には古き良き東京の風情を残す三軒茶屋、不動産会社の住みたい街ランキング上位・たまプラーザといった個性あふれる街が点在します。

 

 オフィスへの出勤が揺り戻す

 新型コロナの5類移行後の働き方をめぐっては、民間信用調査会社の企業アンケートでオフィスへの出勤を求める「コロナ前の状態に戻る」が4割弱に上った一方で、「コロナ前とは異なる」もほぼ同率に。リモートワークや在宅勤務、本社オフィスの移転・縮小、通勤手当廃止・実費支給、居住地自由といった新しい働き方が相当程度定着するとみられます。

 こうした通勤を必要としない(通勤需要を減らす)ポストコロナの新しい働き方は、鉄道事業者にとって一見マイナスに思えます。各社は路線主要駅が役割を分け合うことで、沿線活力を維持しなければなりません。

 もう一度田園都市線に戻れば、沿線には先述の駅以外に溝の口、鷺沼、青葉台と拠点駅が並びます。拠点間を効率的に移動できるのは、もちろん鉄道です。

 東急グループは、各拠点駅に隣接してショッピング、エンターテインメント施設など都市機能を立地させ、移動需要を生み出します。

 地域社会の発展と持続可能な街づくり

 これらを総称するキーワードが「エリアマネジメント」。一定エリアを対象に、民間が主体になって、まちづくりや地域経営(マネジメント)を行う取り組みを表し、鉄道事業者にとってエリアマネジメントの重要性が指摘されます。

 鉄道各社の事業計画などを通覧すれば、エリアマネジメントにつながる「沿線地域社会の持続的発展」(東武鉄道)、「地域社会・行政との連携」(京王電鉄)、「地域価値の向上」(名古屋鉄道)、「賑(にぎ)わいと親しみのあるまちづくり」(南海電気鉄道)、「持続可能で活力あるまちづくり」(西日本鉄道)といったフレーズが見つかりました。

 スペースの関係で詳細は省きますが、環境に配慮したサステナブルな沿線まちづくりも重要性を増します。

 鉄道利用者や地域の人々が集う、にぎわいある沿線や駅づくりへ。世界のモデルとなるポストコロナ時代のTOD都市・東京の実現に向け、鉄道事業者に期待される役割は今後も変わらないはずです。

 ■進む相鉄・東急直通線の沿線開発

 東急不動産のシニア向け集合住宅

 3月18日に開業した相鉄・東急直通線(羽沢横浜国大―日吉間10・0㌔)。鉄道新線の沿線では、新しい沿線まちづくりが進みます。

 新綱島駅とは地下で直結

 地下新駅の新綱島駅(東急新横浜線)の上層部では、東急グループの東急不動産の駅直結型シニア向け集合住宅「グランクレール綱島」が、今年11月末の入居開始予定に向け建設が進みます。

 新綱島駅と東急東横線綱島駅は歩いてすぐの至近距離で、グランクレール綱島は新綱島、綱島の両方の駅からのアクセスが良好です。新綱島駅とは地下で、綱島駅とはペデストリアンデッキで結ばれます。

 建物は地上12階、地下1階建て、全104戸。4~12階が住宅フロア、下層の1~3階にはカフェや物販店などが入ります。

 グランクレールは東急不動産のシニア向け集合住宅のブランド名で、綱島は22施設目。東急電鉄の沿線を中心に、港、練馬の両区など東京都内でも開発が進みます。

 住み替え需要に応えて沿線活力を維持

 東急不動産がシニア向け集合住宅を展開するのは、沿線活性化が狙い。東急は戦前の田園調布(東京都大田区)を手始めに、最近は田園都市線の沿線開発に力を入れます。90年代ごろまでに開発が行われたエリアでは、子育てを終えたファミリーが夫婦2人暮らしになり、住み替えを希望するケースも多数あります。

 そうした人たちに、暮らしに便利なシニア向け住宅への転居を提案。転居後の空室はリノベーションしてヤングファミリーの入居者を迎えることで、活気ある沿線づくりにつなげます。こうした事業戦略は、鉄道の継続的利用促進にもプラスの効果をもたらします。

 グランクレール綱島は、東急グループのエリアマネジメントが生み出した施設ともいえるでしょう。

 

 ※本コラムは「鉄道が創りあげた世界都市・東京」(計量計画研究所刊、2014年)、土木学会誌論説・オピニオン「サステナブル・デジタル田園都市」(太田雅文論説委員、2022年7月)に着想を得ました。

 

 ■筆者紹介■ 上里 夏生(こうざと・なつお)。42年間在職した交通新聞社を2019年に退職。現在は交通ジャーナリストとして鉄道、観光、自動車業界の機関誌やインターネットメディアに寄稿。モットーは「読んだ方が鉄道をもっと好きになる記事やコラム」。なお、本稿は交通新聞とは直接関係ない筆者の見解である。

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