特集 JR東海生涯学習財団「山口蓬春記念館」 神奈川・葉山で絵画庭園に癒やされ…蓬春生誕130年
庭園 咲き誇る花々、作品のモチーフ
国登録有形文化財に 建物
研さん積み重ねた一端・・・日本画、素描、模写 館内
三浦半島西側の相模湾に面した神奈川県葉山町。町内には明治時代から、天皇や皇族が静養される御用邸があり、周辺には文化人や実業家、政治家などの別荘、邸宅が次々と建てられた。大正から昭和中期に活躍した日本画家・山口蓬春が23年間、画業にいそしんだ邸宅も、海を臨む斜面にある。現在はJR東海生涯学習財団が運営する「山口蓬春記念館」として、邸宅内部で画室や数々の作品を一般公開している。今年は蓬春生誕130年。財団の事業の柱であり、設立のきっかけになった記念館の運営をはじめ、生涯学習教室の開催などについて、財団の総務部長を務める加藤泰也館長に聞いた。(栗原 康弘記者)
皇室買い上げ、文化勲章も受章
山口蓬春は1893年、北海道に生まれ、青年期から絵画に熱中。東京美術学校(現・東京藝術大学)日本画科を首席で卒業した。その3年後、皇室買い上げとなる作品を発表し、画壇への華々しいデビューを飾る。そして「新しい日本画の創造」を目指し、さまざまな作風に挑戦して独自の絵画領域を広げていく。
戦後は疎開先の山形県から葉山に移り、居を構えた。フランス近代絵画の要素を取り入れた「蓬春モダニズム」の世界をつくり出し、明るく洗練された作品を続々と生み出す。その後は、日本画の伝統的な画題に回帰して静物画や風景、花鳥を描く落ち着いた格調高い作風に移行。1965年に文化勲章を受章した。晩年には集大成ともいえる皇居新宮殿の杉戸絵「楓」を完成させ、71年に葉山の邸宅で77歳の生涯を閉じた。
美の探求の機会を提供
山口蓬春記念館は、その旧宅を生かして91年に開館。前年に設立したJR東海生涯学習財団が運営を担うこととなった。
そのいきさつは、蓬春の作品を後世に伝えていきたいと願う春子夫人が知人や画廊に相談する中、洋画家・須田国太郎氏の子息が須田寬JR東海社長(現顧問)であったというつながり。同社では夫人の思いに応えるとともに、財団として旅を通じた生涯学習や美の探求の機会提供を掲げた。併せて、平成初期の当時、しきりに叫ばれていた企業メセナ活動にも合致し、社会的な意義があると考えた。
館内は、蓬春が描いた日本画を中心に、素描や模写のほか、モチーフとして収集した陶磁器や美術品を展示。研鑽(けんさん)を積み重ねた一端をうかがい知ることができる。
蓬春が既存の家屋を購入したという建物は、大正前期に建てられたとみられ、今年2月に国登録有形文化財となった。画室は、東京の歌舞伎座を戦後再建した同窓の建築家、吉田五十八が増改築を手掛け、大きな窓を配して十分な採光が取れる空間に仕上げた。
画室はほぼ当時のまま
画材類が置かれた室内は、ほぼ当時の姿のままに保存されており、創作活動に励んだ蓬春の息吹が感じられるよう。そこから眺める約560坪の庭園には、画家同士の交流で植えられた木々や四季折々に咲き誇る花々があり、さまざまな作品のモチーフになっている。
12月2日から企画展
同館では、蓬春作品の魅力に触れてもらうとともに、建物や庭園が醸す雰囲気や葉山のロケーションを感じ取ってもらおうと各種取り組みを行っている。企画展や特別展は2年前から構想を練り、他の収蔵先から作品を借用することを含めて、年間5回開催。12月2日から来年1月28日までは、建物の文化財登録を記念した企画展「山口蓬春と吉田五十八」を開く。年間2回ほど開催する呈茶会は、庭園を眺めながら邸宅の落ち着いたたたずまいに身を置くことができる。
来館機会を幅広く創出
各方面との連携にも力を入れている。東海道新幹線のネット予約&チケットレス乗車サービス「EXサービス」の会員向けコンテンツのほか、旅行会社のツアー、京浜急行電鉄の周遊きっぷ「葉山女子旅きっぷ」の特典施設に組み込むなど、来館機会を幅広く創出。周辺の博物館、美術館と連携した「葉山特別見学会」の開催は60回以上を数え、それぞれの学芸員が解説しながら各館の見どころを案内してくれる。
初心者から学べる教室
財団による生涯学習教室事業は記念館の運営事業を生かし、人生の充実を図るための活動機会として、年間を通じて絵画や歴史に関する学びの場を提供している。記念館別館では、初心者から学べる日本画教室や人物写生教室を設定。野外写生教室では神奈川県内各地を訪れ、寺社や風景を描く。鎌倉や東京都内などの史跡を探訪する歴史移動教室もあり、各教室は生涯学習の名の通り、長期にわたる参加者が多いという。
■インタビュー
JR東海生涯学習財団総務部長・山口蓬春記念館館長
加藤泰也氏
教養・文化を育む場に
展覧会、ツアー企画で周知も
――記念館の運営方針は。
加藤 後世にわたって蓬春先生の描かれた絵を伝えていくことが当館の意義です。そして、地域の方々に愛され、教養・文化を育むことができる場でありたいと考えています。JRの財団が運営していますから、旅の立ち寄り地として選ばれ、日本全国、世界各地からお越しいただけるような、日本らしさを発信できる記念館にしたいですね。
さらに、葉山を訪れていただこうと、近隣の神奈川県立近代美術館葉山館、葉山しおさい博物館などと連携を図っています。
――記念館の見どころ、お薦めは。
加藤 蓬春先生の絵画はもちろんですが、画家の記念館でアトリエまで残して公開している所は少ないのではないでしょうか。どのような環境で作品ができ上がったのか、思いをはせながら鑑賞できるのが一番の魅力だと思っています。
葉山という風光明媚(めいび)な地域にあり、邸宅と庭園は癒やしの空間です。心や体が疲れていたら、ぜひお越しいただきたいと思います。
来館は50~60歳代くらいの方々が中心ですが、若い方も増えています。何度も足を運ぶ方も多く、同じ作品でもその時の立場や気持ちによって感じ方が違うようで、小説を読み返すのと同じような感覚かもしれません。
――今後に向けては。
加藤 あまり奇をてらわず、多くの方に山口蓬春、あるいは日本画というものを知っていただく取り組みをやっていきたいと思います。興味を持っていただけるような展覧会の開催のほか、旅行会社のツアー企画などもインターネットを活用して広がりを持たせたいと考えています。記念館ホームページの英語版の作成や、JR東海の通販ウェブサイトでのグッズ販売も進める方向です。
近隣の美術館、博物館に加えて、町内の飲食店や店舗などとも共存、連携していきながら、葉山の街自体を盛り上げるような形にできればよいと思っています。(K)
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